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疑問が顔に出ていたのだろう。ゼロニスはサラッと答える。
「当たり前だ。裏門から出て行った候補者たちが、貴族の迎えではなく、乗合馬車に乗るなど、報告が上がってくるに決まっている」
他の候補者たちは、きちんと実家に手紙を出し、連絡を取ってから裏門から出て行くらしく、裏門には迎えの馬車が横づけされているそうだ。
そりゃ、迎えの馬車どころか、乗合馬車で消えたら門番もびっくりで、報告もあがるわな。
「最初はその怪しい女をしばらく見張るように指示を出したが、お前だったとはな。まさか劇場に住居を構えていたとは――」
ゼロニスはクッと口の端を上げて微笑む。
「そのたくましさは褒めてやりたいところだ」
そんなところがゼロニスに褒められるなんて、喜んでいいのか複雑だ。
「だが、次からはなにかあったら、報告しろ。必ずだ」
風が吹き、ゼロニスと私の頬をなでる。私はゆっくりと瞬きを繰り返した。
「――午前、お前に来客がきていた」
私に……?
誰だろう。だが嫌な予感がする、頭の中を警告音が鳴り響く。
「メイデス伯爵の子息、フレデリックといったか?」
義兄が戻ってきた!!
嘘、いつの間に……。
私がロンバルディの屋敷にいる間は接触することがないと思っていたのに。動揺から手が震え、唇がわななく。
「大丈夫だ、もう帰った」
ゼロニスの発言を聞き、強張った体から力が抜けた。
「会わなくていいのか」
「はい、絶対に会いません」
思わず強い口調になってしまい、自分でも驚いた。
「そうか……」
ゼロニスは神妙な面持ちになり、考え込んでいる。やがてフッと顔を上げた。
「メイデス伯爵が病で倒れたと言っていたが」
「えっ……」
父が倒れた?
「だから妹を迎えに来た、と言っていたぞ」
話を整理すると父が倒れたから、私を迎えにきたということ?
なにが起こっているのだろう、メイデス家に。
突然帰ってきた義兄、病で倒れたという父。
どんな状態なのかもわからないが、あんな父でも顔を見に行かなくていいの? 自問自答するが答えは出ない。
でも、もしこれが嘘だったら……?
疑ってかかるが、悪いことではない。私はメイデス家にいた時、ずっとこうやって身を守っていたのだから。
「家族に顔を見せる必要があるか?」
ふとゼロニスが私に向かって問いかける。
強い風が吹き、なびいた髪を手で抑えた。
「いえ、父が倒れたと聞いても会いたいとは思えません」
薄情なのかもしれない。
だがさすがに、父に早く亡くなってくれとは思わない。ただ、私の目に触れないところで一生を全うして欲しいと思う。私と関わりを持たずに。
もうあの人に愛情を求めることは、とっくにあきらめているのだわ。
「そうか。それならいいんじゃないか」
ゼロニスがあっさりと口にするものだから、拍子抜けしてしてしまう。親なのだから心配してあたり前、感謝するのは当然と考える人は、一定数いると知っているからだ。だからその反応に驚いてゼロニスの顔をまじまじと見つめる。
「嫌なら無理して会う必要などない」
フッと優しく微笑んだ。その微笑みを見て、なぜか胸がギュッと締め付けられた。
どうしてこの人は、私の欲しい言葉を言ってくれるのだろう。
「一人でトバルの街に住もうと、行動に移しているぐらい、お前の決意は固かったのだろう」
私は静かにうなずいた。
自分を理解してくれる人がいる、それはすごく嬉しいことだ。
「まあ、手っ取り早くメイデス家と疎遠になることができるがな……」
ゼロニスは名案が浮かんだとばかりに、瞳が輝き始めた。
「俺と結婚すれば」
「は?」
突然の発言に体が前のめりになった。
「お前が望むのなら、一切交流を持たないようにもできる」
それは甘美な誘惑。
つい甘えてしまい、全面的に頼ってしまいたくもなる言葉。
「まあ、ロンバルディ家と縁が結ばれるとなれば、さすがに黙っているとは思えないがな」
ゼロニスは自分との結婚が、私の父親を歓喜させると知っているのね。確かにあの父のことだ。
たとえ死にかけていても、ロンバルディ家と縁故ができたのなら、狂喜乱舞して死の淵からでも戻ってきそうだ。それだけ強欲なのだから。
「むしろ父があの世に旅立つのを踏みとどまりそうです」
ゼロニスはクッと笑うと、私の頬に手を伸ばした。
「まあ、会いたくないのなら、そうすればいい。無理強いはしない」
そのまま優しく指を滑らせた。
「このロンバルディ家にいれば、安心だからな」
確かにそうだ。ロンバルディ家でなければ、強硬突破でなにをされていたか、わからない。
「お前のことを守ってやる」
胸がドキリとする言葉。とても心強く思える。
私はここにいる間は気を休めることができる。その事実に気づくとふわりと微笑んだ。
「ありがとうございます、ゼロニス様」
そうだ、態度は俺様でえらそうだけど、ここで安定した生活が送れるのは彼のおかげだ。感謝の気持ちを伝えるのが、むしろ遅いぐらいだ。
ゼロニスは一瞬、大きく目を見開き、固まった。私の顔をジッと見ている。
「……?」
不思議に思い首を傾げると、スッと顎の下に手が添えられた。そのままクイッと上を向かされ、ゼロニスの端整な顔が近づいてきた。
驚いて目を見開いていると、唇に柔らかな感触を受けた。
えっ……。
それはほんの一瞬で、チュッと軽い音がするほどの触れ合い。すぐに離れたあと、ゼロニスはフッと微笑む。
「ラリエット……」
顎に添えられた手に力が入り、再びゼロニスの顔が近づいてきた。
ゼロニスは静かに瞼を閉じる――




