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【書籍化】悪役令嬢に転生した私が、なぜか暴君侯爵に溺愛されてるんですけど  作者: 夏目みや
第五章 戻ってきたロンバルディ家

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 部屋に戻る途中、庭園を横切る。

 今日は天気も良くて、風も心地良い。すこし庭園を散歩しようかしら。


 そうだ、セリーヌを誘ってみよう。

 最近では彼女とお喋りをするのが、とても大事な時間だと思うようになっていた。


 私は真っすぐにセリーヌの部屋を目指した。

 セリーヌの部屋の扉をノックすると中から声が聞こえた。しばらくすると扉がゆっくりと開く。


「こんにちは。ちょっと庭園に散歩でも――」


 明るく声をかけて、セリーヌの顔を見たらハッとした。


「ど、どうしたの?」


 セリーヌの目が赤くなり、腫れていたのだ。これは泣いたあと。


「嫌だ、お恥ずかしいですわ」


 セリーヌは力なく笑う。その様子が痛々しくて胸がギュッと苦しくなった。

 散歩に誘いに来たけれど、今日は遠慮した方が良さそうだ。元気のない姿を見ると、今は慰めるよりそっとしておいた方がいいと判断した。


 きっと落ち着いたら話してくれるはず。それまで待とう、セリーヌの心の整理がつくまで。


「また落ち着いたら誘いに来るわね」


 私は聞きたい気持ちをグッとこらえると、部屋の扉を静かに閉めた。



 * * *



 それから三日後、昼食後に部屋で休んでいると控えめに扉をノックする音が響いた。


「ラリエット様、今日は良いお天気ですから、庭園に行きませんか?」


 扉の隙間からおずおずと顔を出したセリーヌ。

 良かった、前の時よりは元気を取り戻したみたい。


「ええ、喜んで」


 私はにっこり微笑んで、足早にセリーヌに近づいた。



 * * *



「あら、新しい花壇が作られているわ。ちょっと行ってみましょうよ」


 数日前からレンガ造りの花壇が増設されていたので、気になっていた。

 新しい花壇は色の組み合わせから花の配置まで、考えて植えられている。白、紫、ピンクの色合いを中心に植栽しており、エレガントで落ち着いた雰囲気を醸し出していた。


 バランスよく彩られた景色は見ているだけで心が和む。


「素敵ね」

「はい、本当に綺麗ですわ」


 セリーヌと二人で新しい花壇を前にして、微笑んだ。


 ああ、こうやって同じ物を見て感情を共感できる友人というのは、とても貴重な存在なのだな。

 今まで賃金を稼ぐことに夢中で、他のことが目に入っていなかった。こんなに身近に気の合う友人がいるとは気づいていなかった。なんてもったいない。


「あっちの方も行ってみましょう」


 噴水がある方向を指さした。セリーヌは笑顔でうなずいた。


 取り留めもない会話をして歩いた。ロンバルディのお屋敷の食事はとても美味しく、とくにパンが絶品だということ、セリーヌの部屋の窓の上に鳥が巣作りをしたことなど。たわいもないことだが、とても楽しい。


 ふと顔を横に向けると裏門が視界に入り、足を止めた。


 私、一度、あそこから出たんだよな……。


 裏門から出た候補者たちは、二度とこの屋敷に足を踏み入れることがないと言われていた。

 

 だが私だけが例外だった。だから、ここにいる――

 不思議な気持ちになり、裏門を見つめた。


「ラリエット様?」


 セリーヌが首を傾げて顔をのぞきこんできたところでハッとする。

 ああ、いけない。今は考え事をせず、セリーヌと向き合わなければ。


「なんでもないわ、行きましょう」


 にっこりと微笑み、噴水を目指した。

 

「いいお天気ですわねぇ」

「ええ、本当に」


 噴水の前に設置してあるベンチに腰掛け、空を見上げる。雲一つない快晴、鳥が空を舞っている。


「この前のことなのですけど――」


 太陽のまぶしさに目を細めた時だった。セリーヌがぽつりと切り出したのは。

 私は背筋を伸ばし、聞く体勢を取る。


「父が訪ねてきたのです」


 セリーヌの父であるバーデン男爵はどんな方なのだろう。小説内での描写がなかったので、気になる。だが、こんなに性格のいいセリーヌの父親なのだもの。きっと人格者に違いない。


「父は私にこう尋ねました。婚約者に選ばれそうか、と」


 セリーヌの表情がみるみるうちに暗くなる。


「私は即座に、いいえと返答したら父の怒りを買ったのですわ。わが家はお恥ずかしいお話ですが、金銭的にあまり余裕がありません。最近街で、劇場に来た貴族をターゲットにした、ちょっと高級な宿の経営を始めたのですが、まだ軌道に乗らないようで……」


 セリーヌの横顔はさびしそうだった。


「それもあって父はこの話にかけていたのですわ。ロンバルディ家の恩恵にあやかろうとしたのでしょう」


 小説通りだったら、今頃ゼロニスと結ばれているはずだった。だが、ゼロニスはなぜか私を気に入っている。


 そしたら本来、結ばれるはずだったセリーヌは? どうなるの?

 まさか、一生独り身ってわけじゃないわよね? こんなに性格も良くてかわいいのに。

 たまらなく罪悪感が胸を苦しめる。


「ラリエット様?」


 胸を抑えて考え込んでいるとセリーヌは顔をのぞきこんできた。


「すみません、こんなお話をお聞かせしてしまって」

「いえ、いいのよ。話してくれてありがとう」


 ゼロニスの婚約者になることができず、父から責められたと聞き、なんともいえない気持ちになる。


「私は本当にゼロニス様の婚約者になりたいと思わないのです。ですが、実家に戻ったところで、次のお金持ちを探すように言われるはずです。それを考えると憂鬱で帰りたくないのです」


 セリーヌは小さく微笑むと、つけたした。


「ここは衣食住が約束されていますし、婚約を迫られることもない。それに、ラリエット様という友人もできましたし」


 ちょっと恥ずかしそうに頬を染めるセリーヌに胸がしめつけられた。

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