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「ラリエット様が戻ってきて下さって、本当に嬉しいです」
今日はセリーヌと二人だけのお茶会をしている。セリーヌはニコニコと微笑んでいる。
「あの後、大丈夫だった?」
そう、ゼロニスと一緒に劇場に鑑賞にきたときのこと。舞台は中途半端な終わりを迎えたことだろう。
おずおずと切り出すと、セリーヌは前のめりになった。
「あの後、すっごい大盛況で終わったんですよ――!!」
「えっ、そうなの!?」
てっきり場がしらけて終わったのかと思っていた。
「そうですよ、平民と貴族の身分を超えた愛と噂になったのですから!! 目の前で見れた私は幸運でした」
ちょっと違うと思うのだけど……。
「あの後、ラリエット様とゼロニス様を題材にした、新しい劇が開催されることが決まったそうです」
「へっ、へぇ……それはどんな?」
聞くのが怖い気がする。
「侯爵とメイドの身分違いの恋、だそうです」
私は紅茶を噴き出しそうになった。
「身分違いを理由に引き裂かれた二人が、再びめぐり会うまでのお話ですわ」
「へっ、へぇ……」
「侯爵があきらめきれずに、メイドとして働いていた街に迎えに行くお話だそうです」
なんだ、それ。どこかで聞いたような話だけど。演劇作家、出てこい。
「それであの日は無事に帰ってこれた?」
ゼロニスは私を連れ帰ったので、セリーヌを置いて帰ったのかと心配していた。
「ええ。きちんと馬車に乗って帰りましたので、ご心配なく。劇場からお土産もたくさんいただきましたわ」
にっこり微笑むセリーヌは気にしてはいないのだろうか。
「あと、私のことなのだけど――」
びっくりしただろうな。メイデス家の娘がすっぴんに近い状態で舞台にあがり。なおかつ、街で暮らしていたと聞いたら、セリーヌは驚いただろうな。
「あの前日、ゼロニス様に急に呼ばれたのです。明日、劇場に付き合ってくれ、って。私、最初はすごく驚きましたわ。どうして私に声をかけたのだろう、って」
セリーヌは首を少し傾げた。
「でも、ゼロニス様は街に来てからも誰かを探しているようでした。それこそ、私と話す余裕なんてないと感じられるぐらい。劇場に入ってからはじっと舞台を見ているようでしたし」
セリーヌは声を出してコロコロと笑う。
「ラリエット様をずっと探していたのだと、今ならわかりますわ」
自分から出て行けと言ったくせに、そんなに探していたとは驚きだ。
「でも、ラリエット様にも事情があったのでしょう」
セリーヌはテーブルの上で手をスッと出し、私に触れた。
「誰もが人には言いたくない事情を抱えているものですわ。だから、いつかラリエット様が話してくださるまで、私は待ちますわ」
セリーヌが私の目を見つめながら、手をギュッと握りしめた。
「セリーヌ……」
無理やり聞き出そうとしないセリーヌ。
誰かに気遣われることがすごく嬉しくて。こんなこと、久しくなかったような気もする。
やはり物語のヒロインは性格も素敵だ。モブの悪役だった私がこんなに仲良くなっていいのかと思ってしまうほど。でも――
「ありがとう、セリーヌ」
温かなセリーヌの手から優しさがあふれている。私もその手を握り返した。
「でも、びっくりしなかった? 化粧を落としたら、こんな顔で」
ロンバルディのお屋敷に戻ってから、ゴリゴリに濃かったメイクは封印した。もとから、化粧が濃いのは好きではないし、最初は義母の命令でマーゴットにやられていただけだったし。マーゴットを追い出してからは、ラリーとばれないように化粧でごまかしていた。だが、もうその必要はなくなったので、化粧は薄くなった。
セリーヌはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。どちらもラリエット様ですわ」
こんな時、セリーヌはとても気遣いのできる人だと思う。
「それにゼロニス様とラリエット様、お似合いです」
ギョッとする言葉を聞き、肩が大きく揺れた。本来なら、彼の隣にいたのは、あなただったはず。
その点についてはどう思っているのだろう。
「もとから、私は婚約者になりたかったわけじゃないんです」
セリーヌは小声でつぶやいた。
「ただ、父がうるさくて、仕方なく……といった感じです」
セリーヌは肩をすくめた。
「まあ、はっきりとラリエット様が婚約者と発表されるまで、もうしばらくここに滞在させていただきますわ。実家に帰っても窮屈なだけですから」
そっか、セリーヌにも事情があるのだな。考えこんでいると『まあ、もうラリエット様で決定だと思いますけどね』とセリーヌはつぶやいた。
「じゃあ、しばらくはセリーヌと過ごせるのね」
友達がいなかったので素直に嬉しく思い、自然と笑顔になる。
「ええ、そうですわ」
柔らかな日差しの差し込む庭園でセリーヌは優しく微笑んだ。




