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真剣な眼差しを向けられても理解できずに、ゼロニスの顔を凝視した。
突如、額に痛みが走り、のけぞった。指ではねられたのだ。
「三度目も言わせるつもりか。バカめ」
しかしその痛みにより、我に返った。
嘘でしょう、あなた、セリーヌはどうするの?
額を抑えながら、口を開く。
「なぜですか? セリーヌはどうするのですか」
「セリーヌ?」
ゼロニスの眉間に皺が寄る。
「一緒に劇場に来ていたじゃないですか」
「ああ、あのバーデン家の娘か」
名前も覚えていないの? あなたの初恋の相手のはずですけど。
「バーデン家の娘とは親しくしていただろう? 違うか」
「そりゃ、他の候補者たちと比べれば、一番親しくしていましたけど……」
「あの場でお前の姿を見つけるだろうと思って連れて行った。結局、自力で見つけたから、連れて行ったのは無駄になったがな」
そんな自分勝手な理由でセリーヌを連れまわしたのね。挙句、私を見つけてセリーヌはどうやって帰ってきたのだろう。
まさか置き去り? それはないと思いたいが確認するのが怖い。
「そもそもなぜ、私があそこで働いているとわかったのです? それに出て行けと仰ったじゃないですか」
そうよ、完全に見切られたと思っていたわ。
「俺は部屋から出て行け、と言った。屋敷から出て行く奴があるか。愚か者め。早合点しすぎだと言われないか?」
くっ、この……。
今までのあなたの出て行けは、屋敷からだったでしょ。側で見ていた私が、そう受け取るのも無理はないでしょうに。
「……お前が姿を消したと知った時の俺の気持ちがわかるか?」
ゼロニスの台詞に不覚にも胸がドクンと音を出した。
彼はどう思ったのだろう。少しは後悔してくれたのかな。もしくはさみしく思ってくれたとか!
「ものすごく腹立たしい気持ちになった」
え……?
予想の斜め上をいく返答にうなりそうになった。
「なぜ、いきなりいなくなったのだろう。挨拶もせずに不義理だと、最初は頭にきていた。だが徐々に、今頃なにをしているのだろうかと心配に変わった」
ゼロニスが心情の変化を口にする。
「そうこうしているうちに、お前のことばかり考えている自分に気づいた」
ゼロニスは自分の手をジッと見つめた。
「それは俺にとって新たな発見だった。今まではたかがメイドが辞めたぐらいで、考えることも思い出すこともなかった。こうまでもお前のことばかり脳裏に浮かぶのは、頭の中がどうにかしてしまったのかと思ったぐらいだ」
ゼロニスは静かに吐き出したあと、視線を私に向ける。
「なあ、なぜだと思う? なぜ俺はお前のことばかり、考えていたんだ?」
「さぁ……どうしてでしょうね」
それを私に聞くか? 返答に困るじゃないか。
「姿が見えないと落ち着かないし、不憫な生活をしていると想像すると心配にもなる。それならいっそ、側に置いておこうと思った。これが婚約しようと決めた理由だ」
ゼロニスは胸を張り、堂々としている。自分の感情を隠すことなく伝えた。一方の私は突然のことに、心が追い付かない。
「で、お前の気持ちが固まるまで、ここに滞在していい」
「な、なぜ私なのですか……?」
一番気になっていたことをたずねる。
ゼロニスは首を傾げ、少し考える素振りを見せる。
「面白いからか……?」
なぜ、言葉の最後が疑問形なんだ。
それ、単なるヒマつぶし程度の興味じゃないかぁぁぁ。
恋心とは無縁じゃない?
つまり、ゼロニスはあまり人に興味がなかった。自分の感情を揺さぶる私を腹立たしいも思うと同時に、面白いから側に置いておきたくなった、というわけか。
好きだとか愛しているとか、そっち系ではないわけね。
まあ、私も期待していたわけではないけど、真正面から言われて少しドキッとしてしまったじゃないか。
その時、腕をつかまれ、グッと引き寄せられた。驚いてよろめいたところを、額にチュッと口づけられた。
「えっ!?」
バッと身を離し、額を手で抑える。
ゼロニスは真っ赤になった私を見て、クッと笑う。
「な、なぜ?」
「なぜだろうな? お前を見ているとしたくなった」
首を傾げながらシレッと口にするが、悪びれる様子もない。
「こ、こんなことは勝手にしてはダメです」
両手で大きくバツを作り、訴える。
「なぜだ? 婚約者なのに?」
ゼロニスはフッと微笑む。だが私はプルプルと震えながら叫んだ。
「ま、まだ決定じゃありませんから‼」
「しぶといな。まあ、落としてみせるがな」
ゼロニスは不敵にニヤリと微笑む。
えっ? えっ? 落とすってなにを? 私のことは人として興味があるだけでしょ?
目をパチパチと瞬かせている私の顎に、ゼロニスはそっと手を添えた。
「好きだと言っているだろう。俺以上の男などいないぞ」
顎をクイッと持ち上げると、ゼロニスは優美に微笑んだ。
えっ…………?
「婚約者など、誰を選んでも同じだと思ってはいた。だが、お前も言っていただろう、愛があったほうがいいと」
「あ、ええ、まあ……」
トバルの街に行った時、そんな会話をしたような気がする。
「だからお前を選んだ。それが答えだ」
真っ赤になって思考停止している私を、ゼロニスは優しい眼差しで見つめていた。




