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劇はクライマックスへと向かっている。
「ロザリー、好きだ。君は僕のすべてだ‼」
「ハイザック、私もあなたが好き。あなた以外、考えれない‼」
強く抱きしめ合う二人。
観客たちは感動して涙を拭いている者もいる。もちろん、セリーヌも例外ではない。泣きすぎでしょ、と心配になるぐらいハンカチを目に当てている。
だが私は日に何度も聞いている台詞なので、特になんの感情も浮かばなかった。
盛り上がり絶好調な二人の脇で、ベンチに座っている。
ゼロニスは? 彼はどうだろう?
前に劇なんて、興味ないと言っていた。特に恋愛の劇は感動しないと言っていたが、彼の反応が気になった。
セリーヌとの距離が近づいたことで、少しは気持ちが理解できるようになったのかしら。
どうしても気になってしまい、うつむいてた顔をそっと上げる。
不意に、ゼロニスが私の方に視線を投げた。
頬杖をついていた手から顔を少し上げ、目を見開いたように見えた。
心臓がドクッと音を出した。
もしかして私だって気づかれた!? いや、この距離だし、大丈夫でしょ。
そう思いつつも気になってしまい、ゼロニスに視線をチラリと向ける。
彼は腕を組み、目を細めてしかめっ面で真正面を向いている。
ヒッ、そんな顔で見る劇じゃありませんから。これは恋愛よ。
やがて、主役の二人がパッとスポットライトを浴びる。私も一瞬だけ照らされてまぶしくて目を細める。
抱き合う主役に、皆の視線が注がれている。
ん?
見せ場だというのにゼロニスがスッと立ち上がる。
ちょっ、ここが一番いい所だというのに!!
あろうことか手すりにつかまりながら、ロイヤルボックス席の階段を使い、下におりてくる。
どこに行く気だ、どこに。お腹でも痛くなったか。
階段を下りると、そのまま真っすぐに舞台を目指して歩いてくる。
ちょっ、上演中ですから。座って、座って。
周囲の人々もゼロニスに気づき、驚いている。だが、彼は人々の視線もどこ吹く風だ。
段差のある舞台に足をかけ、難なく舞台へ上がる。
不審人物……!!
だが警備の人間も舞台の関係者たちも、ロイヤルボックス席の貴賓とあって、誰も彼を咎める者はいない。
舞台に上がったゼロニスは、真っすぐに歩いてきた。
――私目指して。
一歩、一歩、真顔で近づいてくるゼロニス。
えっ、もしかしてここにきて公開断罪される?
全身が硬直している私の前にゼロニスは立つ。
見下ろされている彼から威圧感がビシバシだ。主役二人も演技を止め、ゼロニスに見入っている。
ゼロニスは床に膝をつき、私と視線を合わせる。肩が震え、ビクッとした。
「こんなところにいたのか」
ゼロニスはスッと目を細めた。
えっ、いましたけど!! しかも演技中ですけど!!
その、自分が気になったら周囲の状況もお構いなしで即行動に移すの、やめてもらえませんか。
ゼロニスはスッと立ち上がると、いきなり私の腕を引っ張り、立ち上がらせた。
「きゃっ」
驚いてつんのめり、倒れそうになったので、ゼロニスにしがみついてしまった。
私ったら、なんてことを……!
「戻ってこい。お前の居場所はここだ」
えっ……。
心臓がドクンと音を立てた。
いつの間にか主役二人ではなく、スポットライトを浴びているのは私たち。
ゼロニスは口の端を上げ、クスリと微笑む。
「ラリエット・メイデス」
どうしてその名前を!?
なぜ、いつから気づいていたの?
ハッとして彼を見上げる。
「どうして……?」
ゼロニスは言葉にならない私の右手を取ると、手の甲に口づけを落とした。
混乱する私にゼロニスは優しく微笑み、上着からなにかを取り出した。
「ほら」
私に受け取るように顎を指す。それは手のひらに収まるネイビーのジュエリーケースだった。
開けるように視線でうながされたので、恐る恐る指示に従う。
パカッとフタを開けると、中は水色の宝石がついた指輪だった。
「無くさないよう指輪にした。お前はそそっかしいから」
ジュエリーケースに鎮座する大きな宝石に、目を見開く。
これほどの大きな宝石は見たことがない。
「なぜ私に……」
こんな贈り物をしてくれるのですか?
言いかけた時、ゼロニスが遮った。
「約束しただろう」
まさか、街に来た時、宝石が欲しいと言ったことを覚えていたの? 半分冗談、でも本当にいただけたらラッキーぐらいに思っていて、私も忘れていたのに。
「俺は拳で一万回など、くらいたくないからな」
フッと微笑んだ。
「なぜ――」
ここにいるの? 私を迎えにきたの? それならどうして?
いろいろな疑問を頭の中がグルグルと浮かぶか、言葉に出ない。
「お前がいなくなったら、誰が紅茶を淹れるんだ」
ああ、そうですか。気まぐれなことよ。
ちょっと感動したけど損をした。顔がスンッと無になった。
「お前のその、虫けらを見るような目つきがたまらないな」
態度に出ていたのがばれていたらしい。
ゼロニスは私の顔をのぞきこむ。
「――行くぞ」
「へっ?」
ゼロニスはそう言うとスッと腰を折り、私の膝裏に手を入れて抱えた。
「えっ、ちょっ、待っ……」
いきなり抱えられ、慌てる。
「騒ぐな。つかまっていろ。落とすぞ」
彼なら本当にやりそうな気がする。
私はピタッと大人しくなった。
まだ劇の途中、と言い出しかけたが、ここまできたら、もうめちゃくちゃだ。
この劇の収拾はどうつけるのだ。誰がするのか。
だが、考えても仕方がない。
私は考えることを放棄し、舞台から下りた。
正確には連れ出された、ゼロニスによって。
総支配人たちに怒られるかもしれない。覚悟を決めたが、ゼロニスがどうにか対処するだろう。
彼のシトラスの香りに酔いそうだ。ゼロニスの腕に抱えられながら、ぎゅっと瞼を閉じた。




