表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/65

3

 翌朝、フカフカのベッドで眠っていると、人の気配がした。


「さあ、お嬢さま。早く起きてくださいませ!!」


 マーゴットの声と共にシーツをバッとまくられた。

 半分夢の中だった私は寝起きで混乱する。マーゴットはツカツカと窓辺に近寄り、勢いよくカーテンを開け放つ。朝日がまぶしく、顔をしかめた。


「早く顔を洗ってください!! もう日は登っています」


 朝から私を敬うことのないこの態度。

 完全にラリエットを下に見ているでしょ。もっともあの義母の腹心だもの、私を見下して当然よね。


「……うるさいわね。もう少し静かに起こせないの」

「なっ……」


 反論するとマーゴットは言葉に詰まる。

 私はベッドから下り、顔を洗い鏡台の前に座る。

 マーゴットはブラシと化粧道具を手にし、近づいてきた。


「お嬢さまはお仕度にお時間がかかるのですから。早く起きてくださいませ」


 マーゴットは乱暴な手つきで髪をとかし始めた。


「お嬢さまは目立たない顔立ちですから、派手に着飾り、お化粧もうんと濃くするよう、奥様から言いつかっております」


 ラリエットは素顔でも十分、可愛らしいじゃない。

 むしろ、あなたが施す化粧の方が、よっぽど変だわ。


 義母は私に出会った頃から呪縛をかけた。


「まあ、なんて幸薄そうな顔なの」


 今でも覚えてる、初対面での義母の第一声。十三歳のある日、突如投げつけられた言葉はラリエットの心を深く傷つけた。

 思えば美女と名高かった母そっくりに成長したラリエットを見て、嫉妬したのだろう。

 そこから義母は私に濃い化粧を施すようにマーゴットに指示をした。

 傷ついたラリエットも洗脳され、自分に自信がなくなり、化粧をすることで武装した気分になっていた。


 鏡に映る自分を見ていると、マーゴットは筆を下ろし、化粧を進めていく。

 濃いパウダーを肌に塗りたくり、これでもかというほど厚化粧。

 瞼にはラメが入り、まつ毛はバサバサ。ぐりぐりに描かれたチークにどきつい色の口紅。クルクルに巻かれた髪は盛りに盛っている。


 あっという間に強気な印象を与える、派手な貴族令嬢の出来上がり。

 ごてごてに塗られまくって、肌呼吸ができなそうだわ。


 呆れている横でマーゴットだけは満足げだ。


「さあ、お嬢さま。朝食の時間です。ダイニングまで行ってらっしゃいませ。万が一、ゼロニス様をお見かけしたら、チャンスを逃してはなりません。なんとしてでもお近づきになるのですよ!!」


 マーゴットに念を押されながら、見送られた。


 この屋敷に滞在している間、朝食は自室ではなくダイニングでとる決まりになっていた。そこには私と同じ、ゼロニスの婚約者の座を狙う女性たちが集まる場所だった。


 友人の一人でも欲しいところだが、お互いがライバルでもある。

 ここで、気の合う人と出会えるといいのだけど、そううまくはいかないだろうな。


 ダイニングに到着すると、執事が扉を開けてくれた。

 中に入ると、そっと椅子が引かれる。


 ダイニングには私と同じ年頃と思われる女性が集まっていた。

 紅茶を飲んでいる者、食べ終わり談笑している者、みんなそれぞれだった。

 やがてサラダとプレートにのった卵料理が運ばれてきた。

 カリカリに焼かれたベーコンにトロトロの半熟卵。ブラックペッパーがきいていて、とても好みだ。

 美味しい料理に舌鼓を打っていると、ある人物が視界に入る。

 

 サラサラの茶色の髪に大きな瞳。ナイフとフォークを手にし、立ち振る舞いは優雅だ。清潔感のある装いに自然な薄化粧。


 その人物を見た瞬間、ピンときた。


 あれはセリーヌ・バーデン。


 バーデン男爵の一人娘であり、彼女こそ、この物語のヒロインだ。

 やはりヒロインなだけあって、その美しさは別格だ。 

 優し気な雰囲気を持ち、立ち振る舞いも美しい。周囲がかすんで見えるほどだ。


 まあ、あれだけ可愛らしければ、ゼロニスが惚れるのもわかる。


 そりゃ、そうだわ。こんな化粧でゴテゴテに飾りまくった女より、よっぽど好感が持てるもの。


 離れた席でモグモグと口を動かし、納得しつつ、観察していた。

 セリーヌがゼロニスと結ばれるまでの間、私は大人しくして過ごすと決めている。

 変に目立って断罪されるのは困るからだ。


 その為には部屋に籠っているとするか。でもそうすると、マーゴットにお尻を叩かれるに違いない。実家にも告げ口されて。


 問題は、口うるさいマーゴットをどうするかな……。


 口を動かしながら考えた。


 朝食を取り終え、席を立つ。さて、これからどうしようか。


 すぐに自室に戻る気にはならなかった。マーゴットにグチグチと言われるのは目に見えているからだ。

 私たち婚約者候補は基本、自由に過ごしていいことになっていた。時折開催される、お茶会や舞踏会でゼロニスとの交流はある。両親から、なんとしてでもゼロニスと接点を作るように言われてきたが、今の私にはそんな気はちっともない。


 ダイニングを出てブラブラと回廊を歩く。頬をさする風が気持ちよくて、顔を上げる。

 多種多様の花々が咲き誇る見事な庭園。刈られた芝と甘い花の香りがする。

 ちょっと気分転換を兼ねて散策してみようかしら。これだけ立派な庭園なのだから。


そう思った私は庭園に足を向けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ