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翌朝、フカフカのベッドで眠っていると、人の気配がした。
「さあ、お嬢さま。早く起きてくださいませ!!」
マーゴットの声と共にシーツをバッとまくられた。
半分夢の中だった私は寝起きで混乱する。マーゴットはツカツカと窓辺に近寄り、勢いよくカーテンを開け放つ。朝日がまぶしく、顔をしかめた。
「早く顔を洗ってください!! もう日は登っています」
朝から私を敬うことのないこの態度。
完全にラリエットを下に見ているでしょ。もっともあの義母の腹心だもの、私を見下して当然よね。
「……うるさいわね。もう少し静かに起こせないの」
「なっ……」
反論するとマーゴットは言葉に詰まる。
私はベッドから下り、顔を洗い鏡台の前に座る。
マーゴットはブラシと化粧道具を手にし、近づいてきた。
「お嬢さまはお仕度にお時間がかかるのですから。早く起きてくださいませ」
マーゴットは乱暴な手つきで髪をとかし始めた。
「お嬢さまは目立たない顔立ちですから、派手に着飾り、お化粧もうんと濃くするよう、奥様から言いつかっております」
ラリエットは素顔でも十分、可愛らしいじゃない。
むしろ、あなたが施す化粧の方が、よっぽど変だわ。
義母は私に出会った頃から呪縛をかけた。
「まあ、なんて幸薄そうな顔なの」
今でも覚えてる、初対面での義母の第一声。十三歳のある日、突如投げつけられた言葉はラリエットの心を深く傷つけた。
思えば美女と名高かった母そっくりに成長したラリエットを見て、嫉妬したのだろう。
そこから義母は私に濃い化粧を施すようにマーゴットに指示をした。
傷ついたラリエットも洗脳され、自分に自信がなくなり、化粧をすることで武装した気分になっていた。
鏡に映る自分を見ていると、マーゴットは筆を下ろし、化粧を進めていく。
濃いパウダーを肌に塗りたくり、これでもかというほど厚化粧。
瞼にはラメが入り、まつ毛はバサバサ。ぐりぐりに描かれたチークにどきつい色の口紅。クルクルに巻かれた髪は盛りに盛っている。
あっという間に強気な印象を与える、派手な貴族令嬢の出来上がり。
ごてごてに塗られまくって、肌呼吸ができなそうだわ。
呆れている横でマーゴットだけは満足げだ。
「さあ、お嬢さま。朝食の時間です。ダイニングまで行ってらっしゃいませ。万が一、ゼロニス様をお見かけしたら、チャンスを逃してはなりません。なんとしてでもお近づきになるのですよ!!」
マーゴットに念を押されながら、見送られた。
この屋敷に滞在している間、朝食は自室ではなくダイニングでとる決まりになっていた。そこには私と同じ、ゼロニスの婚約者の座を狙う女性たちが集まる場所だった。
友人の一人でも欲しいところだが、お互いがライバルでもある。
ここで、気の合う人と出会えるといいのだけど、そううまくはいかないだろうな。
ダイニングに到着すると、執事が扉を開けてくれた。
中に入ると、そっと椅子が引かれる。
ダイニングには私と同じ年頃と思われる女性が集まっていた。
紅茶を飲んでいる者、食べ終わり談笑している者、みんなそれぞれだった。
やがてサラダとプレートにのった卵料理が運ばれてきた。
カリカリに焼かれたベーコンにトロトロの半熟卵。ブラックペッパーがきいていて、とても好みだ。
美味しい料理に舌鼓を打っていると、ある人物が視界に入る。
サラサラの茶色の髪に大きな瞳。ナイフとフォークを手にし、立ち振る舞いは優雅だ。清潔感のある装いに自然な薄化粧。
その人物を見た瞬間、ピンときた。
あれはセリーヌ・バーデン。
バーデン男爵の一人娘であり、彼女こそ、この物語のヒロインだ。
やはりヒロインなだけあって、その美しさは別格だ。
優し気な雰囲気を持ち、立ち振る舞いも美しい。周囲がかすんで見えるほどだ。
まあ、あれだけ可愛らしければ、ゼロニスが惚れるのもわかる。
そりゃ、そうだわ。こんな化粧でゴテゴテに飾りまくった女より、よっぽど好感が持てるもの。
離れた席でモグモグと口を動かし、納得しつつ、観察していた。
セリーヌがゼロニスと結ばれるまでの間、私は大人しくして過ごすと決めている。
変に目立って断罪されるのは困るからだ。
その為には部屋に籠っているとするか。でもそうすると、マーゴットにお尻を叩かれるに違いない。実家にも告げ口されて。
問題は、口うるさいマーゴットをどうするかな……。
口を動かしながら考えた。
朝食を取り終え、席を立つ。さて、これからどうしようか。
すぐに自室に戻る気にはならなかった。マーゴットにグチグチと言われるのは目に見えているからだ。
私たち婚約者候補は基本、自由に過ごしていいことになっていた。時折開催される、お茶会や舞踏会でゼロニスとの交流はある。両親から、なんとしてでもゼロニスと接点を作るように言われてきたが、今の私にはそんな気はちっともない。
ダイニングを出てブラブラと回廊を歩く。頬をさする風が気持ちよくて、顔を上げる。
多種多様の花々が咲き誇る見事な庭園。刈られた芝と甘い花の香りがする。
ちょっと気分転換を兼ねて散策してみようかしら。これだけ立派な庭園なのだから。
そう思った私は庭園に足を向けた。