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こんな上手い話ってある?
「じゃあ、準備ができたら、表から入って受付で私の名前を言ってくれ。君の名前はええと――」
「ラリーです!!」
「ラリーかい。覚えておくよ」
紳士は優しく微笑む。
「今日のうちに部屋を準備しておくから、明日の午前にたずねてくれ」
「わかりました!!」
私は元気よく返事をし、総支配人と笑顔で別れた。
こんなにいい話ってある? それも裏方じゃなく劇に出演して欲しいだなんて……
まさかの演劇デビュー? 主演とか演じてしまう?
総支配人が見つけ出した宝石の原石、なんてキャッチコピーがつくのかしら?
どうしよう、看板女優になってしまったら。あまり有名になってしまったら、メイデス家が聞きつけてくるかもしれない。……それは困るわね。まあ、その時はその時かしら。
歌唱力も必要になるかも。日頃から練習しておけば良かったわ。
私は期待に胸を膨らませる。
その後は街を散策し、黒猫亭に戻ったのはもう日が暮れかけていた。
「本当に良かったよ、まさか仕事がすぐに見つかるなんて」
宿のおかみさんはまるで自分のことのように喜んでくれた。
「心配だったんだよ、わが子と同じぐらいの年齢の子が仕事を探してるだなんて。でも本当、見つかって良かったよ」
「短い間ですが、お世話になりました。落ち着いたら遊びにきます」
同じ街に住んでいるのだもの。会おうと思えば、いつでも会えるはずだ。
「また来ておくれよ」
「はい」
そうして人の良い黒猫亭のおかみさんと笑顔で別れた。
トランクを引きずり、ついに劇場までやって来た。
不安がないわけじゃないけど、期待の方が大きい。大丈夫、上手くやっていけるはずよ。今までだって、どうにかなっていたじゃない、私には強運がついている。
自分自身に暗示をかける。スッと息を吸い込み、入り口から劇場に入る。受付には、昨日いた親切な女性はいなかった。代わりに別の方が対応していた。
受付で名前を言うと、すぐに一室に案内された。
「話は聞いております。ついてきてください」
劇場の裏口みたいなところに通され、部屋がずらりと並んでいる。
「ここがあなたの部屋になります。まず荷物を置いてください」
女性が扉を開くと、簡素なベッドと小さなテーブル、それと椅子に備え付けのクローゼット。黒猫亭よりも少し狭いけれど、一人ならこれで十分に思えた。
「あと、総支配人から話があるそうだから、ついてきてください」
私は緊張しながら、総支配人が待つ部屋へと向かう。
女性が扉をノックすると中からくぐもった声が聞こえた。
「さあ、中で総支配人がお待ちよ」
女性はこっそりと私の耳元で小さな声でささやいた。
ここからは私一人だ。ゴクリと喉をならし、扉を開いた。
中には総支配人ともう一人、四十代に見える男性がいた。
「やあ、よく来てくれたね。まずは座って欲しい」
総支配人は私にソファを勧めてくれた。
「彼はこの劇場で行われる劇のとりまとめ役をしている」
隣に座る男性を紹介してくれた。なるほど、監督のような方かしら。
「ラリーと申します」
深々と頭を下げた。
「総支配人、彼女が――」
「ああ、そうだ。彼女にぴったりだろう」
監督はまじまじと私を見つめた。
「なるほど。確かに適役かもしれないですな。総支配人はどこで見つけてきたのですか」
「なに、劇場の裏口で見かけて声をかけたのだよ」
「さすが、お目が高い」
二人はフォフォフォと笑う。
口をつぐんでいた私に総支配人が向き合った。
「君には舞台に出てもらう。それも、午後の舞台からだ」
えっ⁉
午後って今日の? もう時間がせまっているじゃない。
でもどうしよう、台本だって渡されていないのに、私にできるのかしら。
「――わかりました」
今から必死で役と台詞を頭の中に叩き入れよう。これから集中して役に入り込むのだ。
目指せ、人気舞台女優への第一歩。
悪役令嬢に転生したら、有名舞台女優になりました、
こんな小説ありそうじゃない? もう悪役令嬢とは言わせないわ。
気合いを入れ、返事をした。




