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「ああ、いいよ。夕食を食べるなら、ダイニングのほうへ行っておくれ」


 おかみさんに案内されたのは、カウンターから右手にある部屋だった。どうやらここがダイニングとなっているらしい。


「好きな場所に座っていいから」

「ありがとうございます」


 私は窓側の席を選んだ。どうやら水とナイフはセルフサービスらしい。いそいそと準備をした。


「さあ、お待たせ。パンはおかわりもあるからね」


 おかみさんが運んできたのはサラダにコーンスープ。じっくりと煮込まれたお肉にかかっているソースは絶品だった。


「美味しいです」


 一口食べて感動の声を出す。


「ふふ、うちは食事が評判なんでリピーターも多いのさ。たくさんお食べ」


 本当にこの宿にしてよかった。明日からまた頑張れる気がする。


「食事が終わって、湯を浴びたかったら声をかけておくれ。ここは順番制をとっているから、他の客のためにも十分で終わらせておくれ。それ以上かかるようなら別料金になるから」


 え、入浴もできるんだ。お湯で体をふくだけかと思っていたから、すごく嬉しくなった。十分でもありがたい。高速ですべて洗い終えるわ。

 満足した食事を終え、さっそく湯を浴びた。さっぱりして、今日一日の疲れが取れた。


 とても満ちたりた気分になり、部屋に戻る。すでに暗くなっていた部屋に、おかみさんに渡されたランタンに火を灯す。幻想的な灯りだ。


 窓辺に近づき、窓を開けた。夜の風の匂いがする。街は夜だというのに灯りがついている店が何軒かある。あの店の前に昼に通ったが、店はやっていなかった。酒場だったので、今から営業するのだろう。


 昼に見た求人の一枚が脳裏に浮かぶ。

 もみもみ酒場って……。

 すごいセンスを思い出し、再び笑った。


 窓の近くまで椅子を引いてきた。腰を下ろして窓辺に手をかけ、夜の街を見つめる。


 トバルの街にいることが、自分でも信じられない。昨日まではロンバルディのお屋敷にいたのに。

 自分の行動力にびっくりすると共に、人間やる気になれば、なんとかなるものだと思った。


 ロンベルディの屋敷の方向を見つめながら考える。

 ゼロニスはなぜ、あんなに怒ったのだろう。


 私が言ったことが気に入らなかったのだろう。だけど、今になって思うと怒りすぎじゃない?

 そんなに悪いことを言ったか、私。

 考えているとムカムカしてきた。


 だが、止めよう。フーッと息を吐き出す。

 考えても仕方のないことなのだ。そう思っても、何度も考えてしまうのも事実だ。


 今朝の出来事だったからだわ。時間がたてば、思い出さなくなるはずよ。


 でもゼロニスの午後の紅茶は誰が淹れたのだろう……


 冷たい風が吹き、頬をさすった。

 さすがに冷えてきたわ、風邪をひいては大変だ。急いで窓を閉め、ベッドに戻る。


 寝転がり、天井を見上げる。

 壁が薄いらしく、隣部屋から人の生活音を感じる。

 まあ、これも仕方ない。あの食事と湯がついてくるだけで、許せるわ。

 背中が少し痛いけれど、じきに慣れるだろう。


 明日は仕事が見つかるといいな。住み込みが希望だけど、食堂で働くのもいいわね。完全にまかない目当てだけど、食べ物関係は食べるのには困らないはず。


 どうか早く仕事が見つかりますように――


 願いを込めて瞼を閉じると、すぐさま意識を手放した。


 * * *


 

 翌日、日が昇ると共にパチッと目が覚めた。


 ま、まぶしい。


 原因は窓から入り込む朝日だった。私の寝ているベッドに直撃している。

 ベッドから身を起こし、窓辺に近寄り、窓を開ける。

 冷たい風と朝日が入り込んできたので、深呼吸をした。

 とりあえず、今日も街へ行ってみよう。なにか発見があるはずだわ。

 着替えをして階段を下りると、おかみさんは朝食の準備をしていた。


「おはようございます」

「はいよ、おはようさん。どれでも食べていっておくれ」


 朝食はバイキング形式だったので、皿を受け取った。焼き立てのパンを二つと自家製だというジャム、朝に採れたばかりの野菜とハムを盛りつけた。

 美味しい食事に満足していると、おかみさんが手にカップを持って近づいてきた。


「はい、紅茶だよ」


 フワッと茶葉の香りが周囲を包む。


 ゼロニスは誰に紅茶を淹れてもらうのだろう……


 いつまでもカップを受け取ろうとしない私におかみさんは不思議そうに首を傾げた。その姿を見て我に返る。


「わ、すみません。ありがとうございます」


 大きなカップになみなみと注がれた紅茶を受け取る。


「よさげな仕事は見つかったのかい?」


 おかみさんの質問に力なく首を横にふる。


「そうかい。でも、なにかしらあると思うけど、タイミングもあるからねぇ」


 おかみさんは腕を組み、首を傾げた。


「そうだ、北の方へ行ってみたいかい?」

「いえ、まだです」


 北の方はゼロニスと街に来たときに行ったきりだ。高級な店が立ち並び、大きな劇場があったっけ。


「あっちの方も行ってみるといいよ」


 高級店が立ち並んでいるので、なんとなく気後れしていた。だが、くまなく探してみよう。


「そうですね、今日はそっちも探してみようと思います」


 なにかしら仕事があるかもしれない。

 私は美味しい朝食の礼を告げると、すぐさま出かけた。

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