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裏門を出ると門番が二人立っていた。
ここから候補者たちが出て行くのは慣れっこなのか、顔色一つ変えない。
ビシッと敬礼をしている門番の脇を通り抜けた。
空は青く、太陽がまぶしく感じ、目を細めた。
裏門から歩き、使用人たちの出入りする門のほんの少し先から、乗り合い馬車が出ている。
事前に調べておいて良かったわ。
重いトランクを引きずり、馬車の停留所を目指した。
しばらく待つと乗り合い馬車がやってきた。
従者のおじいさんは私が停留所で待っていたことに驚いていた。だが、無理もない。派手な貴族令嬢が重そうなトランクを抱えて一人で立っているのだから。
どう見たって訳ありだ。苦笑しつつも行き先を確認するとトバルの街へ行くそうだ。返答を聞き、ホッと胸をなでおろした。
「じゃあ、トバルの街まで乗せて行って」
そうして馬車にトランクを運び入れるのを手伝ってもらい、出発した。ガタゴトと揺れる馬車。正直、振動が大きくてゆっくり座っていられない。
前にゼロニスと街へ出かけた時とはえらい違いだ。
もっとも、あの時は高級なロンバルディの馬車だったから、当たり前。
今の私は文句は言っていられない。
乗り合い馬車に揺られながら、遠ざかるロンバルディの屋敷をずっと眺めていた。
* * *
やがてトバルの街に到着した。
馬車に揺られ続けたので下半身が地味に痛い。
「いてて」
前かがみになり、腰をさする。下ろしてもらったトランクを手にし、街に降り立った。
よし、これから私が住む街よ!
私の今後の生活の基盤を築く場所。
意気込んで気合いを入れると、まず私は街の中心を目指した。
* * *
「泊りは六千五百バーツ、休憩なら三千バーツ。どういたしますか?」
「連泊でお願いします」
私は安宿のカウンターにいた。
以前、ゼロニスと街に来た時、ここら辺一帯は宿が立ち並ぶと聞いていたので、横目で見ながらチェックだけはしていた。
たくさんの宿がずらりと並ぶが、一番清潔そうで、なおかつ女性客限定の宿を選択した。多少、値段は張るが、安全には代えられない。黒猫亭と書かれた看板を掲げている宿を選んだ。宿屋のおかみさんは、どこかかしこまった表情だ。
「ここは食事をつけるならプラス千五百バーツで、夜の十時以降は施錠するから、それまでに戻ってきてください」
何時でも自由に出入りできるのは防犯上問題があるので、施錠は助かる。
「もし外出するようなら、声をかけて行ってください。二階の三号室へどうぞ」
簡単な説明を聞き、猫の飾りがついた鍵を受け取る。いつの間にかカウンターにいた黒猫がにゃあ、と鳴いた。
きしむ階段を重いトランクを抱えて登り、鍵を回して部屋に入る。
「ふぅ……」
ようやっとここまできた。鍵を閉めると安心感から、ベッドに倒れ込んだ。
簡素な造りのベッドはミシッと小さな音をたてた。シミのある天井を見上げ、まずはホッと一息つく。
私の計画は、まずは宿を借り、そこを拠点にトバルの街での仕事を探す。いつまでも宿に住み続けるわけにはいかないので、できれば住み込みを希望する。場合によっては部屋を借りることも考えるが、お金が一気に減ってしまうのは心もとない。
だが、ここまでたどり着けたことに感動していた。
やればできるんじゃないか、私。
部屋の中は木造りのベッドに薄いマットレスのみが敷かれている。毎日寝ていたら腰が痛くなりそうだ。
あとは小さなテーブルと椅子、洋服をかける狭いスペースのみだ。部屋全体が簡素な造りだった。
私は窓辺に近寄り、外の景色を眺める。ここからは街並みが見える。景色だけは最高だった。建て付けが悪く、ギシギシと音がする窓をなんとか開けると、心地良い風が吹いた。
あ、そういえば、私、お腹が空いたかもしれない。
さきほどまで、緊張で空腹なことを忘れていた。お腹がすくってことは、元気な証拠だわ。
じゃあ、まずは準備しましょう。
私は床に置いたトランクを開け道具を取り出し、化粧を落とした。
「ああ、すっきりした」
ラリーの時は薄い化粧で、こっちの方が本来の顔にグッと近い。ラリエットの時は厚化粧を重ねていたからなぁ。
次にトランクの中からメイド服を引っ張りだした。メイド服といってもエプロンを外せば、簡素な黒のワンピースで生地は上等だ。ロンバルディ家をクビになり、返却しそびれたので記念にいただいた一着。
うん、やっぱりドレスよりも全然動きやすいわ。
着慣れた服に着替えると、元気がわいてきた。
街の中心へ行きましょう、腹ごしらえしてと働く場所を探して……
まずは情報収集に行かないと!!
身支度を整えちゃんと鍵をかけたか何度も確認し、階下へとおりた。




