31
しばらく呆けたまま廊下に立っていたが、グッと拳を握る。
しっかりするのよ。出て行けと言われたのなら、いつまでもこうしてはいられない。
それともメイデス家に帰りたいの? このまま強制送還されたい?
自分自身に問いかけるが、答えは絶対、ノーだった。
ならば――
真っすぐに顔を上げ、窓の外を見つめる。外は快晴、まだ時間はたっぷりとある。
だったら行動に移すのみだ。
私は決意と共にカートを押し、歩き進めた。
カートを片付けると、真っ先にメイド長を探す。ちょうどダイニングの片づけをしていた彼女を見つけた。
「メイド長、ちょっとお話よろしいでしょうか?」
「あら、ラリーどうしたの?」
私は人目のつかない場所へと誘導した。
「実は私、さきほどクビになりました」
「えっ!?」
メイド長は顔を前に突き出し、目を見開いた。すごく驚いているようだ。
「どうして急に……」
そう言って口ごもるメイド長。だが、ゼロニスがクビを言い出すなんて、そう珍しいことではないはずだ。
「ゼロニス様から直接、出て行けと指示されましたので、私は荷物をまとめて出ていかねばなりません」
そう、ゼロニスの決定は絶対だ。いくらメイド長といえど、ゼロニスを咎めたり、詳しく理由を聞いたりなどはできない。だって命が惜しいから。
「なにかの間違いじゃないかしら。ゼロニス様があなたをクビにするとは思えない。むしろ、あなたのことを気に入っていたと思うわ」
「いえ、はっきりと聞きました」
私は静かに首を横にふる。
「そう、残念だわ」
メイド長はなんて声をかけていいか、迷っているようだ。
「それで、あの~~」
ここから先はとても言いにくい。クビになる身なのに厚かましい。だが、言わなければダメだ。今後の私の生活がかかっているのだから!!
「今までのお給金はまとめていただけますでしょうか!!」
羞恥を捨てメイド長に頼みこむ。お願いだよ、メイド長。そのお金は私の再出発の資金になるのだから。
メイド長はハッとしたのち、優しく微笑んだ。
「ええ、もちろん。あなたはよく働いてくれたわ。働いたぶんはきっちり支払われるわ」
「ありがとうございます!!」
良かった、これで当分は生き延びれる。
「私についてきてちょうだい」
「はい」
そしてメイド長の後ろをついていき、無事にお給金をいただいたのだった。
「嘘……。本当にこんなにいいのですか?」
小袋に入って渡されたお給金はずっしりと重たかった。この重みが素晴らしい。
「もちろんよ。ゼロニス様の給仕係など、本当によくやってくれたもの。特別手当ははずんでおいたわ」
「ありがとうございます」
子袋を前に掲げ、深々と頭を下げた。
「でも、さみしくなるわ。あんなに熱心に黙々と働いてくれていたのに……」
その先は言葉にしても仕方がないと、メイド長もわかっているようで言葉を濁した。
「実際、あなたぐらいの若い給仕係をゼロニス様の側につけたのは、初めてだったの。ゼロニス様も楽しそうにしていたから、大丈夫だと思っていたんだけど……」
メイド長は深いため息をついた。
こればかりは仕方がない。不敬を買ってしまったのだから、大人しく追い出されるのみだ。
「今までありがとうございました」
「ええ、元気でやっていくのよ」
「はい」
メイド長に挨拶をし、別れを告げた。
さあ、お次はあの部屋に戻らなければ!!
ラリエット・メイデスに与えられた部屋に戻り、静かに見渡した。
二部屋の続き部屋、広いベッドに淡い色合いのカーテン、座り心地の良かったソファ。何着もドレスが収納できたクローゼットに、アンティーク調のドレッサー。
これらはすべて今日でおさばらとなる。
もう二度と戻ってこないと思うと、少しさみしい気持ちにもなるから不思議だ。
私は頬をぴしゃりと叩く。
「感傷に浸っているヒマはないわ。急がなくちゃ」
そうだ、時間は有限。今夜の寝床にありつけるのか、これからの私にかかっているのだから。
クローゼットを開けてドレスを片付ける。すべては持ってはいけないので、必要最低限のみ持って行くことにしよう。あらかじめ、旅行用のトランクを準備しておいて助かった。ドレッサーにしまっておいた装飾品や化粧道具もすべてトランクに押し込めた。
さてと、お次は……。
だいたいの荷物を片付けるとメイド服を脱ぎ、ドレスに着替える。うんと濃い目に化粧をして、ラリエット・メイデスに戻る時間。
パンパンにしまわれたトランクを手にし、鏡に映る自分を見つめた。
さようなら、ここで過ごした日々。
最初はマーゴットもいたし窮屈だったけど、後半は私楽しんでいたんじゃないかしら?
仕事は大変だったけど充実していた。イキイキとして外の世界を楽しむことができたし、私でも働けるのだと、自信にもつながった。
ゼロニスも……なんだかんだ優しいと思った時もあった。
カートをぶつけても、首をはねなかったし。なにより、同僚たちにいじめられているのを見て見ぬふりをせず、助けてくれた。それだけでもすごく感謝している。
最後だけは少し残念な別れになってしまったけれど……。
だが悔やんでいても仕方がない。彼が私のことは不要だと決めたのだ。
ここからゼロニスとの道は完全に決別する。
彼は彼で小説通り、セリーヌの手を取り、共に生きていくのだろう。それはゼロニスの物語だ。
ここからは私の物語が始まる。
小説の筋書きにもない、私の道。自分自身で切り開いていくのだ。
窓辺に近づき、窓を開けた。
心地良い風が部屋に入り込んでくる。庭園の芝の刈られた香りと花の香りがする。
さあ、この場所に決別し、次なる道へ進もう、出発の時だ。私は前を見てうなずいた。




