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ゲッ……!!
反射的に視線をバッと逸らしてしまった。
まさか私に気づいた? そんなわけないわよね。化粧だって濃いし髪型だって全然違う。
そうよ、隣にいるセリーヌを見ていたのよね。きっと余計な心配だわ。
「ラ、ラリエット様……」
セリーヌが震える声で、私のドレスの裾をツンツンと引っ張った。
「どうしたの?」
振り返った私の視界に入ったのは、シャンデリアの輝きを背中に浴び、キラキラと輝く金の髪。晴れた空を思わせる青い瞳。
全身から威圧感を放つ彼がそこに立っていた。
嘘でしょう……!?
思わず顔を引きつらせるとゼロニスの眉がピクリと動いた。
あっ、いけない。慌てて取り繕い、深々と頭を下げた。
なんでこんなところに来ているだろう。
ああ、そうか、セリーヌを探しにきたのね。
顔を上げるとセリーヌは距離を取ったところで見守っていた。セリーヌだけじゃない、周囲の皆が私たちを遠巻きに見ている。
いったい、ゼロニスはなにをしたいのだろう。
ごくりと喉を鳴らす私の前に、すっと手が出された。
「……え……」
思わず声が出てしまった。
私に? ゼロニスは無言で手を差し出している。
キョロキョロと見回しても、私以外に人はいない。周囲が固唾をのんで見守る中、私は困惑する。
え、これって私にだよね? どうしよう、セリーヌと間違っているんじゃないのかしら。
躊躇していると、ゼロニスが差し出した手をズイッと前進させた。
これは、あきらかに私にいっている。
手を取れ、と。
ここにきてようやく気付いた私は、恐る恐るその手を取った。
触れた途端、グッと強く握りしめられた。その力の強さに驚いた。
ゼロニスはフッと頬を緩めた。
や、やけに上機嫌じゃないか。
いったい、どうしたというのだろう。
混乱している私の手を握りしめたままでいる。
えっ、ちょ、待っ……。
なんとゼロニスは膝を折り、私の手に口づけを落とした。
ひょっぇええぇぇえ。
周囲が唖然とする中、一番呆然としているのは、紛れもなく、この私だ。
セ、セリーヌが見ているから!!
視線をセリーヌに向けると両手で口を覆い、目を輝かせている。私と目が合うと微笑み、頑張ってください、と伝えてきた。口パクで。
違う、頑張ってください、じゃねぇんだわぁぁ。
えっ、ここはセリーヌ、あなたの役なのよ。悪役令嬢のラリエットじゃないわ。
本来なら私は早々に物語から退場したはずなの。今回は大人しくしているから、どうか見過ごしてぇぇぇ。
何を血迷っているゼロニス。貴様、近眼か。それもドのつくド近眼。
私が全身硬直させているとゼロニスはフッと微笑む。
「――踊るか」
優しく微笑むゼロニスだが、こんな笑顔は見たことがない。
「はい」
彼に逆らえるはずもなく小さく返事をし、手を握られたまま、中央に移動する。
この会場で踊っているのは私たちの二人だけ。皆の視線を一心に浴びて、顔は強張っている。
ふとゼロニスが私の手をジッと見ていることに気づく。
あっ……。
連日のメイドの仕事で手は荒れていた。しまった、手袋をしてくるべきだった。
だがもう遅い。特に不思議に思われませんように。
音楽に合わせてステップを踏み始めるが、乗り遅れないように必死だ。
それにしてもゼロニスとくっつきすぎじゃないかしら。
彼の厚い胸板が目前にある。それに爽やかなシトラスの香りがするが、これはゼロニスの香水だろう。いつも部屋はこの香りがしているもの……。
手を強く握られ、距離の近さを認識し、落ち着かない。
ゼロニスはさすがともいうべきか、表情が変わることなく、涼しい顔をしている。
「表情が硬い」
ふとゼロニスから指摘される。でもしょうがないでしょ、緊張するなって方が無理だわ。
「申し訳ありません」
謝罪するとゼロニスは口の端をニイッと上げた。
あ、嫌な笑みだ。
そう思った瞬間、早いステップへと変わる。
「わ、わっ……!!」
思わずつんのめり、転びそうになった所を必死で耐えた。
危ない、もう少しでゼロニスの足を踏むところだった。
いきなりなにするんだ。
思わずキッと顔を上げるとゼロニスは笑った。
「集中しろ」
こっちが全神経を集中させて足を踏まないようにしているのに、なんて言いぐさだ。
「もう、わざとでしたら人が悪すぎます」
……あっ。
私、ついいつものラリーの調子になり、言ってしまった。あばばばばば。
背中を嫌な汗が流れる。
えっ、これによって「生意気だ。帰れ」って言わないよね? 私にはまだ賃金を稼ぐという使命が残っているのだから、ちょっと待って。
だがゼロニスはフッと微笑むのみで、特に気にした風でもない。
もしかして聞こえなかったのかな。
安堵した私は踊りに集中した。そしてなんとか一曲踊り終えると、広間の皆から拍手を受けた。
達成感で胸がいっぱいになる。
良かった、足を踏むことなく終えることができて。セリーヌは遠くで目を輝かせながら、いつまでも拍手を送っている。
その時スッと、腰に腕が回された。
「もう一曲踊るか」
背後から耳元でささやかれ、心臓がドキッとした。
嘘でしょ、やっと一曲終わったのに、これ以上は心臓が持ちそうにない。
腰に回された腕にギュッと力が入り、耳にゼロニスの吐息がかかる。
恥ずかしくて顔が上げられない。




