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「次は北通りへ行ってみるか」
「北通りとはなんですか?」
「トバルの街にはメインストリートが二つあって、今歩いてきたのは南通り。ここは庶民が買い物をする場所。もう一つの北通りは高級店が立ち並ぶ」
「そうなのですね」
北通りで買い物する予定はないけれど、街全体の雰囲気をつかむためにも見ておきたい。もしかしたらどこかの店で求人など出しているかもしれないし。
張り切って北通りの店に向かう。
高級店が立ち並ぶだけあって、ドレスや装飾品を扱う店が多かった。
「ふわぁ~、なんだか私には場違いな感じがしますね」
もちろん場違いなのは私だけ。ゼロニスはしっくりきている。
歩いているのも一見して貴族とわかる人々ばかりだった。
一方私は庶民丸出し。高級店が珍しくて、キョロキョロと首を動かした。
「なにか必要なものはあるか?」
「いえ、特にここにはありません」
こんな場所で贅沢をしている暇はないのだ。静かに首を横にふる。
「なんだ、いらないのか。欲がないな」
「贅沢できませんから」
ここは見ているだけで充分だと告げる。
「今日つき合わせた詫びに、なにか買い与えてやろうと思ったのだが……」
「宝石が欲しいです!!‼」
早く言ってよ、そうと決まれば話は別よ!!
遠慮せずに前のめりになった私に、ゼロニスは目を丸くした。
「フッ……」
だがすぐに笑い出した。声まで出して。
私の正直な発言がよほど面白かったらしい。
本当はお金が一番良かったのだけど、さすがに直球すぎるので、いくら私でもねぇ……。
でもその点、宝石だったら、いざという時に売ることができる!!
生活に困ったらお金に換えることができるじゃない。
「叶えてやりたいが、この服装ではひやかしだと思われるだろうな」
「あ……」
私とゼロニスは非常にラフな格好をしている。これではどう見ても庶民の服装だ。ゼロニスは意図してそうしてきたのだろうが、にじみ出るオーラは隠しきれていない。
ゼロニスだけなら店にも入れそうだが、私は店に入った途端、つまみ出されそうだ。
「それはまた次回だな」
ゼロニスは腕を組み、笑いをこらえながら言う。
「はい、いつでも大丈夫なので、待ってます!!」
やった、ゼロニスは一度約束したことは守る。そんな気がした。でも口約束だけでは物足りない。
「では、約束の誓いをたてましょう」
私はスッと小指を差し出した。訝しげに首を傾げたゼロニスに説明する。
「小指を差し出して約束を交わすのです」
ゼロニスは二ッと口端を上げる。
「いいだろう」
私たちは指切りをした。
「この誓いには言い伝えがあります。この誓いを破った場合、拳で一万回ぶたれても文句は言えないのですよ」
もちろん、本当にぶつわけがない。返り討ちにされるのがオチだから。
「覚えておこう」
ゼロニスは肩を揺らして笑った。
私はすっかり上機嫌になり、足取りも軽くなった。
その時、北通りに立ち並ぶ店の一番奥、すこし離れたところにある大きな建物が気になった。
「あの建物はなんですか?」
「いってみるか」
ゼロニスと二人、建物を目指した。
「これは――」
「そういえば劇場ができたと言っていたな。今はシャハマルという劇団がきていると」
「シャハマルってあれですよね? 恋愛ロマンスの舞台が主で、今大人気とお聞きしました」
私は興奮して語る。ロンバルディ家の同僚たちも噂していたし、セリーヌからも聞いていた。
「興味ない」
ゼロニスは呆れたように肩をすくめた。
劇場は席にもランクがあり、ビップ席ともなると、そりゃあもう近い場所で見られるのだとか。その分、お値段も目が飛び出るほど高く、一般小民には到底手が届かないらしい。
まあ貴族専用の席だろう。
だが端の席だと、まあ、ちょっと頑張れば買えるかな? という値段らしい。
いつかは私も観てみたいものだ。
「劇を鑑賞した方はすごく感動したと言っていましたよ。物語は誤解しあう夫婦で、最後、ヒロインにヒーローが公衆の前で告白するシーンは胸を打たれたと」
ゼロニスは鼻で笑う。
「バカバカしい。恋愛の劇など特に興味がない。――まさか、そんなことに憧れるとか言わないだろうな?」
「……憧れます」
正直に告白すると恥ずかしくて頬が赤くなる。まったく、こんなこと言わせないでよ。
ゼロニスは瞬きをした。
「どうして憧れるんだ?」
「だって、愛があったほうがいいじゃないですか」
すべてはラブアンドピースでできているのよ、たぶん。
力説するとゼロニスは肩を揺らした。
「……確かに。そうだな」
意外なことに認めた。
それに私、小説を読んで知っているんですからね。さんざんバカにしていた劇ですけどね、セリーヌにせがまれ、劇を見に来るんだから。それも根回しして、超ビップ席のチケットを手に入れた。
その劇を気に入ったゼロニスは劇団に出資までするんだよね。
愛の力は恐るべし。まさにラブアンドピースじゃないか。
今は否定的な考えを持つゼロニスだけど、それすらも変えてしまうのだから。セリーヌを想う心はすごいな。
「……女性は自分だけを見てくれて、はっきり言葉にしてくれる方に心が揺さぶられるものです」
最初、セリーヌに対する気持ちを自分でなかなか認められず、素直になれなかったゼロニス。
「それに素敵じゃないですか。皆の前で求婚とか、自分が主役になった気分になれます」
そんなあなたへ、これはアドバイスだ。今はピンとこないかもしれない。だけど、心の片隅でもいい。覚えておいて欲しい。余計なことかもしれないけれど――
「そうか」
だが意外なことにゼロニスは素直に返答をした。
「覚えておこう」
そして見せた笑みに、なぜか胸が高鳴った。
ダ、ダメよ。
彼はセリーヌと結ばれる運命。私とは別の道をいくのだから、邪魔してはいけない。ひっそりと応援しつつ、私は自立への道を探るのだ。




