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ゼロニスは店主からパニーニを受け取ると、私に無言で手渡した。
「あ、ありがとう」
やはりゼロニスに敬語を使わないのは慣れない。戸惑っていると、店主は店の後ろにあるベンチを指さした。
「そこで座って食べていきな。温かいうちが美味しいだろう」
店主の好意に甘えることにした。
ゼロニスと並んで隣に座る。
「あの、お金を――」
忘れないうちに渡してしまおうとするとゼロニスは眉間に皺を寄せ、怪訝な顔をする。
「まさか俺が、あのようなはした金をお前に請求するとでも思っているのか?」
「えっ……でも、これは私の分ですし」
手の中にあるパニーニを見つめた。
「いらぬ」
ゼロニスは頑なだ。じゃあ、お言葉に甘えよう。
「ありがとうございます!!」
やったー!! 八百バーツなんて、私にはちょっと大金だものね。
「温かいうちにいただきます」
私はパニーニにかじりついた。
うん、甘いタレがパンに染みている。パンも外はサクッとして中はもっちりとして美味しい。香草も入っていて、それがアクセントにもなっている。
夢中になっているが、ゼロニスは前を向いている。
「……お腹が空かないのですか?」
「ああ、空かないわけないだろう。バカか」
怒られた。そりゃ、そんなわけないだろうけどさ。
ゼロニスは足を組み、頬杖をついた。
「俺が食事をしようとすれば、陰から護衛たちが飛び出すだろう。毒見のためにな」
ああ、そうか。この人は屋敷にいる時も毒見済みの食事を食べているのだと察した。
「わざわざ街に来ているのに、護衛の手をわずらわせるのは面倒だからな」
その途端、隣でなにも気にせずバクバクと食べている自分が少し恥ずかしくなる。
私は食べかけのパニーニャに視線を落とした。
「毒見が終わりました、大丈夫です」
……なんて言って、自分の食べかけを差し出すわけにはいかない。私の歯形がついている食べかけ、ゼロニスでなくても、いらないというだろう。
「そうなのですね」
私にできることはないか、考えながら完食した。
それからも街を歩いた。一人の少女がゼロニスの前に走って出てきた。
「お花はいかがですか?」
花売りの少女は花がたくさん入ったカゴを持ち、一本の花をゼロニスの前にサッと差し出した。
ゼロニスに堂々と花を押し売りする少女を見て、ドキドキした。ゼロニスが怖くはないのかしら。
ゼロニスは無言でジッと見ている
ゼロニスの行く手を阻み、大丈夫だろうか。蹴られたりはしないよな、こんな小さな子を。
ゼロニスは腰を折り、少女と目線を合わせた。
「綺麗な花だな」
意外なことにゼロニスが褒めた。
少女は嬉しそうに頬を染めた。
「うん、お父さんとお母さんがたくさん作っているの‼」
少女は目を輝かせた。きっと家業を手伝っているのだろう。
「それでね、女性連れの男性に声をかけなさい、って言われているの」
「なぜだ?」
「恋人同士だから、男性から女性に花を贈るだろうって‼」
ひ、ひぇぇぇぇ……私とゼロニスが恋人同士……。恐ろしい。
無邪気に話す少女を前にしてゼロニスは気分を害していないのだろうか。気になった。
「おい」
ゼロニスはしゃがんだまま私に顔を向けた。反射的に体をビクッと震わせた。
「俺とお前が恋人同士だそうだ」
意外なことにゼロニスの機嫌は悪くなさそうだ。むしろ――
肩をクッと震わせた。
笑った? ゼロニスが?
「では、花を一本もらおう。選んでくれるか」
やがて少女は一本の花を差し出した。黄色の花弁を持つ、可愛らしい花だった。
ゼロニスは茎を折ると、私の髪にそっと挿した。
えっ……。
ふわりとゼロニスの香りがしてドキッとする。
「あ、ありがとうござ――」
お礼を言いかけるとゼロニスがスッと目を細めた。
いけない、人前で話し方を変えないと‼
「ありがとう。ゼ、ゼス」
初めての呼び名で緊張して動作がぎこちなくなった。ゼロニスは最初、目を丸くした。
だが次に、いたずらっぽく目の奥が光る。
いつも大人びているけど、少年のあどけさなさが垣間見えた気がして胸がドキッとした。
髪に飾られた花からフワッと甘い香りが漂った。
花売りの少女と別れ街の散策を続けると、やがてジュースが売られている屋台の前を通りかかる。
「あれは……」
ドロドロしている、血液のように濃い赤色。ブラッディメリーの果実だ。
見た目と違ってのど越しがすっきりとしてとても美味しい。
私が立ち止まって見ているとゼロニスは苦笑する。
「まだ飲むのか」
私はうなずいた。
「ちょっとここで待ってて下さい」
店に近づき、店主にお願いする。
ここの店はジュースを袋のようなバッグに入れてくれる。
果実を入れたミキサーを、手動で回す。
ジュースになったらミキサーから取り分けて、二つのバックに入れた。私は受け取るとゼロニスのもとへ走り、ゼロニスに一つ手渡した。
「なんだ、これは。すごい色だな」
ドロドロとして真っ赤な見た目は良くないが、味は保証する。
「まず、私が飲みますね」
目の前でゴクゴクとジュースを飲んだ。
「美味しい!! 酸っぱいけどくせになる甘さ!!」
ゼロニスにニコッと微笑む。
「一緒に作って二つに分けたので、安心して飲めますよ、これは」
これで私が毒見になるはずだ。
ゼロニスは目をパチクリとさせる。
最初は怪しむ視線を向けていたが、袋を手にして喉に流し込んだ。
「美味しいですよね?」
「……まずくはない」
ゼロニスってば素直じゃないわ。そこは美味しいって言えばいいのに。
「庶民の飲み物なのに悪くないな」
「ドロドロして見た目は良くないけど、美味しいですよね」
地面に落ちてたら血だまりかと勘違いしてしまいそうだけど、味は申し分ない。
ゼロニスもなんだかんだ言って気に入ったのか、すべて飲み干した。




