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「いえ、それはお忙しいゼロニス様のお手をわずらわせるわけには……」
「行くぞ」
ゼロニスは目を細め、私に圧をかける。
決定事項だと言わんばかりに。
あ、ダメだ、これ。
「……かしこまりました」
せっかくの貴重な休みが……!!
軽々しく口にしなければ良かった、私のバカ!!!!
街の物件や求人情報など、見て回りたかったのに、私のバカ!! いや、ついてくるゼロニスのバカ!! 大人しく屋敷にいて、セリーヌとの出会いを心待ちにしていればいいのに。
「なんだ、不満か」
ゼロニスは鋭くついてくる。
私はぎくりとして肩を揺らす。
「いえ、とっても楽しみです」
作り笑いをしてウフフと微笑む。
「そうか。明日は朝食後、屋敷の裏門に来い。話はつけておく」
「わかりました」
乗り合い馬車に乗っていく予定が、ゼロニスと共に行くことになった。
楽しみにしていた計画が水の泡と消えた瞬間だった。
* * *
翌日、ラリエットになって朝食をとったあと、化粧を落としてラリーになると、急いで屋敷の裏門を目指す。
そこには馬車が二台連なっていた。一台は黒塗りで大きな高級馬車。体躯が大きい馬で、たてがみが立派だ。かたやもう一台は普通の馬車だった。
外で腕を組んで立ち尽くしていたゼロニスは、私に気づくと片眉を上げた。
「遅いぞ。俺を待たせるなんていい度胸だな」
婚約者候補が集まる住居からこの裏門まで、どのぐらいかかると思っているんだ。走っても二十分はかかるわ。それだけ広大な敷地なのだから。
「も、申し訳ありません」
肩でゼーハー息をし、謝罪をする。
今日の彼の服装は白いシャツに茶色のベスト、黒いパンツに足元はブーツ。
いつもと比べるととても質素なのだけど、素材は一流だとわかる。それに隠しきれない風格を漂わせている。
目立たないようにしたつもりだろうが、これでも十分目立つだろう。
整った顔立ちにスラッと伸びた手足。
どんな服装でも彼の魅力がかすむことはない。うらやましいことだ。
「まあ、いい。いくぞ」
ゼロニスは馬車に乗るよう指示をした。
先頭の立派な馬車はゼロニス専用だろう。私は後ろの護衛たちが乗る馬車に乗り込もうとした。
「おい、なにをやっている。お前はこっちだ」
乗り込もうとしたところで後ろから首根っこをつかまれた。
喉の奥からグエッと変な声が出る。
「カエルのつぶれたような声だな」
あなたのせいでしょ――!!
クスッと笑うゼロニスに文句を言いたくなったが、ぐっと我慢した。
「ほら」
ゼロニスは私に手を差し伸べる。
その仕草にドキッとした。
ただのメイドに対して、女性扱いをしてくれたからだ。
「ありがとうございます」
おずおずとゼロニスの手を取ると、強くギュッと握られた。そのまま馬車までエスコートしてくれた。
ふかふかの座席に腰下ろす。
さすがロンバルディ家の馬車、中の装備も一流だわ。
しかしゼロニスを前にして座るのは落ち着かない。体を真正面にならないように、そっと斜めにずらす。
足が邪魔にならないよう、なるべく体を縮こまらせる。
「で、今日はどこへ行くんだ」
肘をつき、窓枠から流れる景色を見ながらゼロニスが口を開く。
よし、いまだ。
私は昨夜ずっと考えていたことを口にした。
「はい、街全体を見て回りたいと思っています」
にっこりと微笑む。
「美味しい食べ物を食べ、街の空気を感じたいのです。特別になにかしようと思っていません。なので、ゼロニス様の邪魔になると思います」
そこで私は息をスッと吐きだす。
「なので別行動などいかがでしょうか? 時間を決めて下されば、その時間には戻ってきますので」
現地解散でどうよ!?
その方がお互い自由に行動できるでしょう。
「街に連れてきてくださったこと感謝しております」
よく考えれば乗り合い馬車の料金が浮いたからね。少しでもお金を節約したい身としては助かった。
「奇遇だな、俺も同じだ」
ゼロニスは足を組み、私を見つめた。
「好きな物を食べ、街を歩き、ただ気ままに過ごそうと思っていた。つまり、俺たちの目的は同じということだ」
ゼロニスはにっこり微笑んだ。
終わった。
この笑顔、私と離れる気はないってことだ。
「よ、良かったです」
心の中で泣き、表面上は笑顔を取り繕った。




