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「あら、大変ね」
クスクスと忍び笑いが聞こえる。
ハッとして顔を上げる。
メイドたちは誰一人として私を気遣う者はいない。それどころか楽しんでいるみたいだ。
「あら、水を止めるのは十分だけって言われていたけど、あなたは聞いていなかった?」
「……聞いていません」
ズイッと前に出てきたのは、同僚のターラ。私より少し上と思える年齢でスラッとしていて背が高い。そばかすとつり目が特徴的で、いつも仲良しの同僚二人とつるんでいた。
「そうよね、遅れてきたから聞いていないか」
だったら教えてくれてもいいじゃない。ムッとしたが口をつぐんだ。
私は無言でスカートの裾を絞った。
これではっきりとわかった。
今朝の違和感はこれだ。どうやら私は皆に疎まれているようだ。
でも、どうして? 目立たないよう大人しく過ごすよう、心がけていたのに。
「まったく、生意気なのよね。ポッと出のあなたが、なぜゼロニス様付きになるわけ?」
ターラの台詞を聞き、確信がもてた。
やはり私がゼロニスの世話係になったのが、気に入らないのだ。
なるほどね。つまり嫉妬されているのだ、私は。
自分が悪いことをしたのかと考えたりもしたが、それが理由だとするのなら、気にすることはない。
だって相手が勝手に負の感情を向けてきているだけ。
それにゼロニスのお世話係の件は、私の意見などない。お世話係を止める、イコールはこの屋敷でのメイドをやめることになる。
それじゃあ困るのよ、賃金がもらえないじゃない。
私の今後のハッピーライフのために、お金が必要なのだから。
実家と縁を切る軍資金よ。ゼロニスの婚約者探しのこの間、実家の目が届かないうちに、私は準備を進めなければならないの。
くだらないイジメなんか、相手にするヒマもない。
悪いことはしていない、淡々と自分の業務をこなすのみだ。
「すみません、着替えてきます」
私は感情を表に出さぬように努めた。
さてこれ以上、面倒なことにならなければいいけど。
やっぱり働くって色々あるわ。人間関係の煩わしさが一番問題よね。
そして夜、ラリーの時間が終わり、ラリエットに戻る。湯あみをし、一息ついた。
ベッドに横になり、今後のことを考える。
今のうちに、住む場所をあらかじめ考えておく必要があるわね。
賃金を手にしたら、まずは住居を探さなきゃ。
ゼロニスがセリーヌと恋に落ち、婚約者候補たちが家に帰される前に、慌てないように準備をしておかないとね。
だからこそ、街に下見にいきたい。トバルの街はここから近く、栄えている。治安も悪くないと聞いたので、女性の一人暮らしでもやっていけるはずだ。
でもその前にまず、一度確認しにいかないと。
住む場所は実物を見ないと、わからないことがある。街の雰囲気や周囲の環境など。女性の一人暮らしだもの、慎重にいかないと。
決めた、次の休みは街に行こう。
そして街の雰囲気を見てくるとしよう、まずは偵察よ。
一緒に働けるような場所が見つかれば、なおいいのだけど。
期待に胸をふくらませ、眠りについた。
* * *
数日後、私はゼロニスの部屋の窓ふきを命じられていた。
脚立に乗りながら、一生懸命窓を拭く。
この窓から遠くにトバルの街が見える。
楽しみだな、明日は休みをもらったし。ご飯を食べたらラリーになって、乗り合い馬車に乗って街へ出かけよう。そうだ、ついでに美味しい物を食べてこよう。日頃、頑張っているのだから、たまにはいいわよね。天気は晴れるといいな。
「おい、聞いているのか!!」
街に想いを馳せていると声がかかり、ビクッと肩を揺らす。
恐る恐る振り返ると部屋の主、ゼロニスが突っ立っている。
しまった、彼が不在の間に掃除を終わらせるつもりが、帰ってきてしまった。
「申し訳ありません、夢中になっていました」
脚立から下り、深々と頭を下げる。
「俺が話しかけているのに、無視とはいい度胸だ」
「申し訳ございません」
再度深々と頭を下げた。
「それにしても……」
ゼロニスは腕を組み、視線をチラリと投げた。
「なにを考えていた」
ゼロニスは顎をクイッと上げる。
「街の方向を見て」
うっ、鋭い。
私が明日の計画を立てていたこと、感づいたのかしら。
まあ、いいや。別に隠すことでもないしな。
「明日の計画を立てていました」
「明日?」
ゼロニスの眉がピクリと動く。
「申し訳ありません、明日はお休みいただいております」
「休みだと?」
なぜか不満げな声を出すゼロニス。お休みは労働者の権利ですから。
「なにをしているんだ」
「トバルの街に行きます」
私は堂々と返答した。するとゼロニスは窓の外にチラリと視線を投げた。
ゼロニスは鼻で笑い、顎で私を指す。
「俺も一緒に行ってやろう」
ゲッ!! 無理、嫌、冗談じゃない。
それになぜ、一介のメイドと主人が一緒? それじゃあ、自由に行動できないじゃないか。




