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 しばし呆然となり、鏡の中の自分を見つめる。


 右に首を傾げれば、鏡の中の自分もまた、同じように傾げた。舌を出してみればまた同じ。

 頭がクラクラすると同時に、嘆いた。


「ど、どうしろっていうのよ……」


 落ち着いて、落ち着くのよ、私。

 焦って混乱しているが、必死に冷静になれと自分に言い聞かせる。

 ヨロヨロとよろめき、壁にもたれかかる。目を閉じて深呼吸をした。


 私は奨学金とバイトでやり繰りしている大学生で――


 授業とバイトで必死な日々、夜に読む小説だけが楽しみだった。

 あの日もそう。授業が終わり、バイトに遅刻しそうになって急いでいた。横断歩道を走って渡っていた時、車がクラクションを鳴らす音が鳴り響いて――


 そこから先の記憶がない。


 そして気づいたら小説『暴君の溺愛』の中の悪役令嬢として、目覚めたってわけ。


「ありえない……」


 小説ではよくある展開も、わが身に置き換えると笑えない。

 しかも物語のヒロインならまだしも。退場が約束されているモブ、しかも当て馬悪役令嬢に転生してしまうだなんて、なんて悲劇。


 物語のままに進むのなら、早々に退場した。

 そう、ゼロニス・ロンバディの手によって、断罪されたはず。

 自分こそがゼロニスの婚約者に相応しいと、寝室に忍び込んだりした挙句、彼の怒りを買ったのだった。


 読者の目線で考えるなら、そりゃ当たり前だろうと思う。


 だが、自分がこれから同じ体験をすると想像したら無理だ。背筋がゾッとして両手で腕をさすった。第一、私は死にたくない。命大事。


 正直、婚約者だとか、どうでもいい。ただ私は命をとられるわけにはいかない。

 読者の時は単にモブの一人だと思って、特別認識もしていなかったラリエットだが、自分の立場になるとそうは言ってられない。


 私はここで、上手く生き延びる術を考えなければいけないのだから。

 

 決意して拳にグッと力を入れ、前を向く。

 そうよ、これからのことを考えれなければ。まずは作戦会議よ!!


 広い屋敷だったが与えられた自室は、ラリエットが自然と覚えていた。

 衝撃でフラフラになりながら、扉を開ける。

 広い部屋は豪華な調度品に囲まれている。部屋の中央にあるベッドにそのまま身を投げ出した。

 天井に向かって手を伸ばし、握ったり開いてみたりする。


「やっぱり夢じゃあ、ないんだよなぁ……」


 あきらめと共につぶやいた。

 心を落ち着けようと目を閉じた。そして深呼吸をすると、様々な情報が脳裏に浮かびあがってきた。


 ラリエット・メイデス。

 メイデス家の長女として生まれ、現在は十七歳。母とは十歳の時に死別している。


 伸ばした手の小指にはピンキーリングが輝く。これは亡き母が幸運のお守りして私に贈ってくれたもの。ラリエットが片時も離さずに身に着けていた大事な指輪。これを身に着けていると、母に守られている気がしていたっけ。


 その後、父は義母と再婚した。義母は私より三歳上の男の子を連れてきたので、義理の兄ができた。


 新しい家族とは反りが合わず、反発していた。特に義理の兄であるフレデリックが私に向ける視線を不快に感じ、常に避けていた。それでも付きまとってくる義兄を疎ましく思うのは、ごく自然なことだと思う。

 義母は私が義兄を誘惑しないかと、いつも目を光らせていた。するか、そんなこと!!

 そして勉学の為と言いくるめ、義兄を隣国に留学させることに成功した。


 その間、私をゼロニスの婚約者選定となる、この屋敷に送り込んだってわけ。

 私をやっかい払いしたい義母と、貴族社会でのし上がりたい野心家の父。二人の意見は一致していた。


 もっとも、ラリエット自身も絶対にゼロニスの婚約者に選ばれると意気込んでここにきた。


 だって、家にいても息が詰まるばかり。

 意地悪な義母に、野心があり、私のことは道具としか思っていない父。それにいつ留学を終えて帰ってくるかもわからぬ義兄。


 ラリエットだって、この婚約者選びにかけていたのだ。


 メイデス家を出られるチャンスだって……!!


 だからこそ、化粧もドレスも誰よりも人目を惹くため、派手にしていたんだ。

 もっとも、焦りすぎて空回りして、早々に物語から退場する羽目になったのだけど、ね。


 でも今回、私が記憶を取り戻した。そう簡単に退場してなるものですか。


 物語としては取るに足らない一人の悪役の人生かもしれないけれど、自分となればまた別の話よ!!


 私は私。モブならモブらしく、自分の生きる道を見つけるわ。


 たとえ悪役でも私の人生では主役なんだから。


 婚約者に選ばれずとも、メイデス家に戻らなくても、なにか手だてがあるはずよ。


「見ててね、お母さま。私、絶対に幸せになるから……!!」


 ギュッと手を握りしめ、亡き母の指輪に向かって誓った。

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