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 トントンと扉をノックすることいつものように三回。

 部屋の奥からくぐもった声が聞こえたので、扉を開けた。


「失礼します」


 ペコリと頭を下げて入室する。

 ゼロニスは椅子に座り、書類に目を通していたが、私が入室すると視線を向けた。


「遅かったな」

「申し訳ありません」


 そうは言われても私の始業時間ぴったりだわ。別に遅れていませんけど?

 だが口に出すわけにもいかず、表面上はにっこりと微笑んだ。


「始業時間を一時間早めるか」

「えっ!?」


 それって私のことだよね? つい口から出てしまう。


「なんだ、不服か」


 ゼロニスは私が反応したことで、食いついてきた。


 今の時間がちょうどいい。なぜならラリエッタとして朝食を取り終えてから、ラリーとなって出勤しているのだから。一時間時間が早まると、朝食を取ることができなくなる。それも困るが、ラリエッタの姿が周囲の目に入らないのも困る。毎朝見かけていた人物の姿が急に見えなくなると、人々は気になるものだ。


 噂になるのは避けたいし、必要以上にラリエット・メイデスに関心を持たれてはいけない。 


 ゼロニスは静かに私の反応をうかがっている。


「あ、朝が苦手なんです!!」

「なんなら、部屋を用意してやってもいいが?」


 ヒェッ……。困った申し出に頭を悩ませた。


 使用人が住む宿舎は屋敷の敷地内にある。だが、一部の勤務歴の長い使用人などは、この屋敷に部屋を与えられていた。私は通いの使用人で通している。


 部屋なんて与えられたら、ラリエットの存在を消滅せざる得ない。それはまずい。


「いえ、私は通いで十分です。今の住まいが気に入っているので!!」


 大きく首を横に振った。

 

「そうか。それなりに設備が整い、広い部屋を与えてやろうと思ったのに、お前はバカだな」


 はい、バカで結構です。


 クスリと笑うゼロニスだが、こっちにはやむを得ない事情があるってことよ。

 話しながらも紅茶の準備を進め、ゼロニスに差し出す。

 紅茶の葉の香りが部屋にフワッと香り、心が癒される空間だ。

 ゼロニスに紅茶を差し出したので、まずは役目は終わりだ。


「では失礼します。またなにかありましたら、お呼びつけください」


 深々と頭を下げ、退室した。

 

 それから今日の持ち場は、調理場と同僚から教えられた。


「ありがとう」


 さっそく調理場に向かう。皆が忙しそうに動き回っている。もうすぐ昼食の時間だからな。

 私の今日の仕事はなんだろう。


「あの――」

「邪魔だ、あっちいっててくれ!!」


 シェフが忙しさのあまり、殺気だっている。周囲をチョロチョロされては気が散るのだろう。

 まあ、あのゼロニスの口に入るものを料理するのだ。下手したらクビが飛びかねない。必死にもなるだろう。

 でも、まいったなぁ、私の本日の配属は調理場って言われたんだよな。


「ラリー」


 戸惑っているとメイド長から声がかけられた。


「あなた、どうしてここにいるの? 今日は庭園の掃き掃除をお願いしたはずよ」

「えっ……」


 それは聞いていなかった。


「すみません、私の聞き間違いだったようです」

「ゼロニス様は午後から庭園を散歩なさるから、その前に掃き掃除をやって、早く!」

「はい!!」


 私は指示された庭園へと足早に向かう。


 おかしい。


 調理場と庭園、間違えるはずがないわ。

 庭園に到着すると数名のメイドたちが、すでに掃除を始めていた。

 遅れて登場したことを謝罪し、準備されていた清掃道具に手を伸ばした。

 ホウキで掃き掃除をしようとすると、一人のメイドがスッと手を出した。


「あなたは遅れてきたのだから、あれを磨いてくれないかしら?」


 メイドがスッと指さしたのは噴水の中央にある女神の像だった。下から水が噴き出すスタイルの噴水だ。


「あそこですか?」

「ええ、そうよ。水を流すのを止める許可をいただいているから、磨いている間は水を止めてあげる」

「わかりました」


 布を受け取り、噴水に近づく。いつもは水があふれ出しているが、すでに止まっていた。

 用意された脚立を使い、女神像に手を伸ばす。

 ブロンズの女神像を布で一生懸命に拭いていると、暑くなってきた。額にじんわりとにじんだ汗をぬぐった。


 そろそろ綺麗になったかしら?

 女神像から一歩離れた所で確認しようとした時、下から水が噴き出した。


「きゃっ!!」


 私は全身に水を浴び、濡れてしまった。

 慌てて脚立から下りるが、すでに遅かった。

 頭からビチョビチョで濡れてしまった。

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