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本当、ヒーローとヒロインは別格の存在だと感じる。
悪役令嬢として存在している私だけど、心を入れ替えたので、大人しく賃金を稼ぐことだけに集中するわ。
セリーヌがゼロニスと出会うその時が、私は自由を手にする。
ちょっと探りを入れてみようかしら……。
「そういえば、ゼロニス様とお会いしたことはある?」
「私ですか?」
セリーヌは考え込む。
「遠目でお見かけしたことはありますけど、個人的にお話ししたとかはないです」
「そうなのね」
まだ二人の接点はないらしい。
「だったら、これからかぁ」
私はポツリとつぶやいた。
「ラリエット様はあるのですか? ゼロニス様とお会いしたこと?」
セリーヌの質問に言葉に詰まった。
「な、ないわ……!!」
ラリーとしての私なら、毎回顔を合わせている。だがラリエットとしての私は庭園で一回会った程度。あれは会ったうちに入らないだろう、短い時間だったのでカウント外だ。
というか、今後もなくて構わない。ラリエットとしての私の存在を認識されては困るからだ。
「ゼロニス様にはセリーヌみたいな可愛い子がお似合いよ」
「ええっ」
セリーヌは頬を赤く染めた。
「そんなことを言うなら、ラリエット様みたいなお美しい方の方が似合っていますわ」
私のこの派手な美しさは作られたものだと、セリーヌは知らないのだろうな。
あなたこそが天然の美。私は塗りたくられた造形の美。
「まあ、でも私は――」
サアッと風が吹き、髪がなびいた。
「婚約者なんて、本当はどうでもいいのだけどね」
つい本音が口から出てしまった。そうよ、自由になることが一番大事だわ。
私を大事にしない家族から離れて、本当の自分らしく生きるの。
セリーヌは突然の私の告白に瞬きをした。私はフッと微笑む。
「じゃあ、もう行くわ」
私はスッと立ち上がる。
「あ、あの、ハンカチありがとうございました。洗ってお返しします」
「あら、いいのよ。気にしないで。それよりもちゃんと冷やすのよ」
私は自分の目の横をトントンと指で叩いた。
「はい、話を聞いてくださり、ありがとうございました。また、お話してもいいですか?」
セリーヌは緊張した面持ちでこちらを見つめている。
「もちろんよ。いつでも歓迎するわ」
基本、ラリーとして過ごしているから、あまり時間はないのだけどね。
ゼロニスの将来の愛妻だ。打算的な考えだけど、恩を売っておいて損はない。
それになりより性格が素直で嫌味がないので、話しやすい。
本当、誰かさんは、自分と正反対のこの性格に惚れたのかしらね。
脳内にゼロニスの顔が浮かぶ。
嬉しそうに頬を染めたセリーヌに別れを告げ、部屋へと戻った。
* * *
翌日、ラリーになって元気に出勤だ。
「おはようございます」
メイドが集まる休憩室に顔を出す。それまで集まっていた同僚たちが、私が顔を出した途端、シーンと静まりかえった。
なんだろう、なんか嫌な雰囲気。
「今日はどこへ行けばいいでしょうか?」
仕事を覚える必要があるので、私は毎日配置される場所が違っていた。日によって厨房だったり洗濯室だったり、掃除だったり。仕事は山ほどある。ゼロニスのお世話係なのだけど、紅茶の時間の他に呼びつけられる以外は、配属された場所で仕事をこなしていた。
いつもは同僚たちが配属された場所を教えてくれるのだが、今日は違った。
皆が顔を見合わせて、誰一人口を開こうとしない。
「あの……」
たまらず再度聞こうとした。
「あっ、いたいた、ラリー」
メイド長が慌てて休憩室に入ってきた。
「早く紅茶の準備をして」
「はい」
「ゼロニス様がお待ちよ」
皆の態度のことなど深く考えず、バタバタと準備を開始した。




