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でもラリエットが手を下さなくとも、セリーヌをいじめる奴はいるってことかしら。物語の矯正力でも働いているの?
しばらくするとセリーヌはようやく落ち着いたようだ。
「あの……ありがとうございました」
「いえ、いいのよ。少しは落ち着いたかしら」
「はい、おかげさまで、これだけ泣いたらすっきりしました」
セリーヌは赤い目を見せて、笑った。
「ご挨拶が遅れましたが、私はセリーヌ・バーデンです」
「ラリエット・メイデスよ」
セリーヌはハッと息をのむ。
「失礼しました。メイデス家のラリエット様」
男爵家のバーデン家から見たら、メイデス家は伯爵家だからかしこまった態度を取るのだろう。
「よしてよ」
私はクスッと笑う。
「ここ、ゼロニス様の婚約者候補としては同じ立場だわ。対等でいきましょう。堅苦しい言葉遣いはやめて、ね」
にっこり微笑むとセリーヌも笑顔を見せた。
「嬉しいです、私、ラリエット様にお会いしたかったのです」
「あら、どうしてかしら」
セリーヌは恥ずかしそうにうつむいた。
「他の候補者の方々はいつも集団で、楽しそうにお喋りをしていますが、裏では陰口がすごくて。私、それに耐えられなくなって、距離を取っていましたの。そしたら――」
セリーヌは喋りながら思い出したのだろう。再び、涙声になった。
「これ見よがしに悪口を言われるのは、まだいいのですが、父の命令で面会に来たビアンカのことまで……」
セリーヌは言葉に詰まる。
「すみません、ビアンカとは私付きのメイドです。今回は連れて来ませんでしたが、メイドというより姉のような存在で。優しいし気がきくし、なにより強い女性なんです。私、すごく頼りにしているんです」
そのビアンカという女性は、よほどセリーヌの信頼を得ているのだろう。
「そのビアンカのことを品がないとか、卑しい身分だとかわざわざ聞こえるように言ってくるのです」
セリーヌは涙を一筋流した。
「なぜ、なにも知らないビアンカのことをそんな風に言うのですか? 恥ずかしいのはあなたたちでしょ、って……反論したかったけれど、聞き流すしかできなかった自分にも腹がたったのです」
ああ、それは辛いはずだ。
自分のことよりも、大事にしている人の文句は堪えるはずだ。
だが、相手が格上の令嬢だったら、文句を言うべきではない。こっちの立場が悪くなってしまうのだから。
「それは悔しかったでしょう。よく耐えたわね」
「ラリエット様……」
セリーヌはグッと唇を噛みしめた。
「でも、他人の評価など気にするべきじゃないわ。それこそ、彼女たちと仲良くする必要なんてない」
私ははっきりと言い切った。
「彼女たちは仲良しに見えるけど、お互いが足を引っ張り合っている醜い関係でしかないわ。情報を探りあっているのでしょうね」
セリーヌが人目を惹く美人だからこそ、標的になったのだ。嫉妬だろう。
「嫌いな人間になにを言われても堂々としていればいいのよ。それこそ大事な人のことをバカにされたら、にっこり微笑んでやりなさい。なにも知らないのに、かわいそうな人たちね、って」
セリーヌはうんうんとうなずいた。
「ラリエット様はすごいです」
「私が?」
不思議に思い、聞いてみた。
「ええ、いつもお一人で凛となさって。食事を取ると、サッと退室なさるでしょう? お一人でいても平気な強い方だと憧れていましたの」
待て、それは誤解があるぞ。
食事のあと、ラリーとしての勤務時間が迫っているからだ。
遅刻なんてしたらゼロニスになにを言われるか、わからない。だからサッと食べてすぐさま退室していただけ。
「そっ、そうね、私は部屋で読書をするのが好きなので、その時間にあてているの」
目を逸らしつつ、答えた。
「まあ、ラリエット様は勉強家なのですね」
セリーヌの無邪気な微笑みが私に突き刺さる。
「今度お勧めの本があったら教えてください」
嘘をついた心苦しさから、セリーヌの顔を真っすぐに見れない、まぶしすぎて。
「あなたこそ、趣味はないの?」
「私、お芝居を見るのが好きなのです」
セリーヌの顔がパッと明るくなる。
「それこそ、今、街にシャハマル劇団が来ているのはご存じですか?」
「えっ、そうなの⁉」
お芝居が上手で有名な劇団で、一度は見てみたいと思っていた。
「小さい頃から憧れていまして、よくビアンカを相手に自分がお姫様になった気で演じていましたの」
セリーヌは恥ずかしながら、と一言添えて頬を染めた。
本当に、いい子なんだよなぁ。小説の描写でも優しくて嫌味がなく、心も綺麗な子だった。
だからこそ、ゼロニスの目に止まるのだろうな
ぼんやりと思った。




