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それから私はゼロニスのお世話係みたいな役割になった。といっても包帯を替え、紅茶を淹れるぐらいだけど。
まあ、最初は命取られるとか心配していたけど、実際はこれだけで済んで良かった。
ゼロニスも口を開けば嫌味を言ってくるが、特に私に危害は加えない。今のところ。
これはあれかしら? 周囲が盛り上がっただけで、本当はそう暴君でもないんじゃない?
尾ひれがついて噂になっているだけで。
私はガラガラと紅茶のカートを押し、ゼロニスの執務室を目指す。今日は新しい紅茶の葉が入った。メイド長に言われて先ほど試飲してみたが、とても香りが良かった。これなら、味にうるさいゼロニスも気に入るだろう。
トントンと扉をノックすること三回。
扉向こうから、なにやら声がする。
「――失礼します」
いつものように扉を開けた瞬間、私の目の前をヒュッとなにかが飛んできた。それは勢いよく扉に当たり、床に落ちる。
パリンと陶器の割れる音がしたので、床を見つめた。
え、これはティーカップ。綺麗な花の模様がとても気に入っていたやつだ。
「出て行け!!」
ゼロニスの怒声が聞こえた。
「はい、今すぐ失礼します!!」
反射的に深く頭を下げ、早々に退室しようとした時、一人の女性が私の横を走り去った。
あれっ? 他に人がいたんだ。
ふり返りもせず、一目散に彼女は出ていった。綺麗にカールされた赤毛が印象的だった。
疑問に思ったが、下手に口を挟むべきでない。そのまま退室しようと扉に手を開けた。
「待て。お前は残れ」
「は、はい」
いったいどういうこと? ゼロニスは顔を不機嫌にゆがめていた。
「まったく、忌々しい」
髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。
床には羽ペンや書類が散らばっている。
「ど、どうされたのですか?」
そこで私はハッとした。メイドが主人に事情を聞いてはいけない。ここでは空気のように過ごさなければいけないはず。主人と会話をするのは、主人から許可が出た時のみ。
ましてやメイドである私からゼロニスに話しかけるなど、あってはならない。
ゼロニスは弾かれたように顔を上げた。
ひっ……!! 私も怒鳴られる。
身構えた時、ゼロニスは深くため息をついた。
「うたた寝をしていて目を開けたら、いつの間にか女が覆いかぶさっていた」
ゼロニスは首元のタイに手をかけ、グッと緩めた。
「それは大変でしたね」
起きたら女が覆いかぶさっているだなんて、どんなホラーだ。
「ちなみに知っている方でしたか?」
「全然知らん」
言い切るゼロニスに同情した。
「俺が会いにいかないから、自分から来たとか言っていた。臭い香水をプンプンと振りまき、口づけをしようとしてきやがった」
ゼロニスは不潔だと言わんばかりに、唇を腕でぬぐった。
怒りが収まらない様子のゼロニス。
私は自分のすべきことをしよう。紅茶を準備して、カップに注ぐ。茶葉の香りが部屋に広がった。頃合いを見てゼロニスに差し出す。
「こちらをどうぞ。新しい葉が入荷しました。お気に召されるとよろしいのですが」
ドキドキしながら説明した。
ゼロニスはティーカップをジッと見つめたのち、手に取った。
味わうようにゆっくり流し込む。
どうかしら、気に入ってくれたかしら。
「……まあ、悪くない」
やった、彼のこの台詞は気に入ったということだ。嫌ならばはっきり言う方だ。
私は静かに微笑み、うなずいた。
ゼロニスは権力者だけど、人の知らない苦労もあるのだろうな。
知らない女性に迫られるのが嫌だなんて、割と恋愛関係は潔癖かもしれない。そうとは知らずに小説のラリエットは寝室に忍び込んで申し訳ないことをしたわ。
ま、そのせいで断罪されたんだけどね! 今回は繰り返さなければオッケーということで。
でも小説の中ではセリーヌを溺愛していたからな。一途な人なんだろう。
もうすぐセリーヌと出会い、恋に落ちる。そしたらこの婚約者候補を招集した、バカげた催しも終わるだろう。
運命の出会いはすぐそこだから。待ってて欲しい、ゼロニス。
そして私は賃金を片手にメイデス家とはおさらばする。
新しい人生を歩むのよ。固い決意と共にうなずいた。




