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ゼロニスはサッと右手を出した。トントンと左手で指さした先の右手首は、わずかにだが腫れていた。
ひっ……!! もしやそこをぶつけてしまった!?
「これでわかっただろう。お前のやるべきことが」
深く息を吐き出したゼロニス。
「はい!! いますぐ手当をしてますので、お待ちください!!」
どうしよう、私のせいだ。
メイドの身分で主人をケガさせるなんて、あってはならないことだ。これで罰を受けないほうが不思議だ。最悪、鞭打ちとか食事抜きもありえる。
だが、今は自分の身を心配している場合じゃない。
相手をケガさせてしまったのは確かなことなのだし。
救急箱から包帯と塗り薬を取り出す。
「失礼します」
腫れている部分に薬を処置し、グルグルと包帯を巻いた。
「きつくないですか?」
「ああ」
ゼロニスはされるがまま、大人しくしていた。
やがて処置が終わり、私は胸をなでおろした。
「ほう、包帯を巻く腕は悪くないな」
ゼロニスは感心したようにつぶやいた。それって褒められたのだろうか。
だが、ここに長居は危険だ。またゼロニスの機嫌を損なうのは避けたい。
私はスッと立ち上がると深々と頭を下げる。
「失礼しました。あとで紅茶をお持ちします」
紅茶に気を取られて、今回の件は忘れてくれないかな?
なんて、そんな都合のいいように考えていた。
「待て」
ほら、やっぱりね。この人のことだから、このまま逃がすとは思えない。
ゼロニスに見つめられると背筋がゾクゾクした。
「お前をしばらく、俺の世話係に任命する」
「はい?」
ゼロニスは真っすぐに私を見つめた。
えっと、それってどういうこと? ゼロニスが身近に置くのは勤務歴の長い、本当に信用できる使用人だけだと聞く。その中の一人に任命されたということ――?
呆けた顔して瞬きをすると、ゼロニスはクッと鼻で笑う。
「なんだ、その顔は。不服か」
拒否権などないような声。だが、私はなるべく平穏に二カ月過ごせればそれでいいの。だから、必要以上にゼロニスに近づきたくない。命の危険があるなら、なおさらだ。
「わ、私……」
一介のメイドが意見を言うなんて、許されない。だが、思わず口から出てしまう。
「自信がありません」
特にこれといった特技がないもの。取り立てて器用というわけでもないし。それなのにゼロニスの側にいては、不敬を買ってしまう確率が跳ねあがるじゃないか!!
ゼロニスは頬杖をつき、ジッと私を見た。
そして包帯がぐるぐる巻かれて痛々しい右手を、サッと前に出した。
まるで、私に見せつけるかのように。
「あっ、そうですね、承知いたしました」
深々と頭を下げた。
「そこだけは理解が早いようだな」
ゼロニスは嫌味ともとれる言い方をし、クッと笑う。
これはあれだ。この右手はお前のせいでケガをした、暗にそう訴えている。
この状況では拒否することなど許されない。
どうせ逃れらないのなら、やるしかない。ギュッと口を結んだ。
「――で、いつまで突っ立っているんだ?」
「はい?」
「紅茶を用意すると自分で言っていただろう。忘れたのか、バカめ」
鼻で笑うゼロニスが憎たらしい。
「はっ、はい、ただいま準備いたしますので、お待ちください」
まずは紅茶の準備してこなければ。
深々と頭を下げ、急いで準備に取りかかった。




