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それからも私の二重生活は続いていた。
朝食を取り終えると、メイドのラリーにジョブチェンジ。
正直、貴族女性たちみたいに、昼間は優雅にお茶会をして過ごしたりとか、四六時中は無理だわ。メイドの仕事は
体を動かすこともできるし、退屈な時間も潰せる。そして何より賃金ももらえることが一番大きかった。ここで稼いで街に下りたら、どこかのお屋敷でメイドをしてもいいかもしれない。
それとも街の食堂で働くものいいかもしれないわ。まかないがつくなら、なおよし!!
上機嫌で足早に廊下を進む。
今日の仕事は客室のシーツ交換。一部屋ずつ回り、シーツをはぎとって、新しいシーツを敷いてまわる。結構力仕事だった。
私はシーツを入れたカートを押して進む。シーツが山盛りになっているので、前が見えにくいのが欠点だ。
曲がり角を曲がろうとした時、ガツンと衝撃を受けてカートが止まる。
えっ!? なにかにぶつかった?
恐る恐る、体を斜めにして確認すると、ある人物が視界に入った。
金の髪に爽やかな青い瞳は不機嫌そうにゆがんでいた。
「ひっ……!!」
恐ろしさのあまり、喉から引きつった声が出た。
「も、申し訳ありません」
頭を深々と下げた。いや、土下座した方がいいのか、この場合は。
「……お前はどこにでも出没するな」
「申し訳ありません」
ゼロニスの呆れを含んだ声にビビり散らかして、再度謝罪する。
ゼロニスは眉間に皺寄せ、自身の右手をジッと見つめている。
「あの……」
もしかしてぶつかった衝撃で、どこか痛めてしまったのだろうか。おずおずと切り出した私を、ゼロニスはにらんだ。
「貴様、あとで来い」
「……はい?」
いったい、どこへ?
私の顔を見て理解していないと察したゼロニスは、さらに不機嫌な声を出す。
「俺の執務室だ。二度言わせるな」
「は、はい!!」
その剣幕に背筋をビシッと正し、返答した。
そのままジロッと私をにらむと、去っていった。
お、終わった……。
姿が見えなくなると、へなへなとその場で崩れ落ちた。
部屋に行ったら死刑宣告かもしれない。
どうしよう、このまま逃げちゃう……?
ふとそんな考えが頭をよぎった。
メイドとしてのラリーの存在を消すの。仕事を止めてしまうとか……。
ううん、それはできないわ。よく考えたけど、仕事を止めてしまったら賃金がもらえなくなるじゃない。
逃亡ができなくなる。そう、最終目標はメイデス家と縁と切り、自立することですもの。
だったら、ここで逃げてちゃダメ。
仮にゼロニスだって、もし……もしもよ?
私の命を奪うとしたら、わざわざ部屋に呼びつけないわよね?
この場でサクッとやられてしまっていたわよね?
自分に良いように解釈し、勇気を出してゼロニスの執務室を訪ねることにした。
***
緊張しながら執務室の前に立つ。
深呼吸を三度繰り返し、扉をノックした。
中からくぐもった声が聞こえたので、恐る恐る扉を開く。
ゼロニスは椅子に座り、書類に目を通していた。
「失礼します」
ビシッと背筋を正した。
ゼロニスはチラリと視線を投げると、書類を机に置いた。
「こっちにこい」
「はい」
言われるがまま、部屋の中央にあるソファの側まで進む。
ゼロニスは椅子からスッと立ち上がると無言で私に近づいてくる。
「ヒッ……」
迫力ある勢いに怖気づき、喉の奥から変な声が出た。
「申し訳ありませんでした、命だけはお助けください!!」
しゃがみ込み懇願した。
「……お前なにを言っている」
呆れたようなゼロニスの声が聞こえた。
「まず、顔を上げろ」
「はい」
おずおずと命令に従えば、ゼロニスはソファに腰かけ、足を組んだ。
「なにを勘違いしているのか知らんが、お前を呼んだのはコレだ」
ゼロニスはソファの前のテーブルを顎でしゃくった。そこには小さな箱が置いてある。
「え、これは……」
ゼロニスから許可が出たので中を開けると、包帯やら塗り薬が入っていた。救急箱で間違いがないようだ。
「ゼロニス様、おケガをなされたのですか?」
「お前が言うな」
ゼロニスはジロリと私をにらんだ。
そこで私は脳裏に浮かんだ。もしや、私とぶつかった拍子にどこかケガをされたのでは。
サーッと顔が青ざめた。
あっ、これ死刑宣告受けちゃうやつじゃない……⁉
「申し訳ございません。私ごときがゼロニス様の進行を邪魔してしまい、あげくカートをぶつけるなど、なんて不遜で失礼な行為かと深く反省いたします」
「一生反省してるがいい。だがまずは早く顔を上げろ」
ゼロニスは呆れを含んだ声を出した。




