11
終わった、どう見たって怪しすぎる、この不自然な位置にある靴。
そうこうしている間にも足音が近づいてきた。
「あれはなんだ…」
「どういたしました、ゼロニス様」
こっ、この声は……‼ ひっ、よりによって……!!
こんな姿を見られたら、ロンバルディ家の格を下げたメイドとして罰せられるかもしれない。
私の脳裏をよぎったのは、さきほどの同僚の言葉。
『ゼロニス様に限って、腕だけで済むわけがないじゃない。首を切り落としたって話よ‼』
嫌だ、打ち首もさらし首も勘弁して欲しい。
やがてサラサラと輝く金の髪と、つむじが見えた。
靴を見つけたのであろう、勢いよくバッと顔を上げた。
視線が絡みあう、裸足で木にまたがっている私と――
ゼロニスは大きく目を見開き、顎を前に突き出した。
そう、まるでそこに人がいるとは信じられないように。
ああ、この場から消えてしまいたい。
ゼロニスの周りにいるような貴族令嬢と違って、私は野生児なんです。前世は田舎で生まれ育ったのです。
「……なにをしている」
低い声を聞き、肩がビクリと震えた。
ただならぬ様子に汗をかいた。
やばい、絶対に怪しんでいる。どうしよう。
「そこでなにをしている。下りてこい!!」
護衛がゼロニスの前にズイッと立つ。彼は腰に手をかけ、剣を引き抜いた。
ひっ……!!
鈍い輝きを放つ剣、あれが首につきつけられるかと思うと、恐怖におびえた。
するとゼロニスが護衛に向かい、スッと手をかざした。護衛は驚いた顔をしたものの、剣を下ろした。
だがまだ私に対する警戒心をとかず、周囲は緊迫した空気が包む。
「そこでなにをしていた?」
冷静な口調で問われ、おずおずと手を差し出した。
「こ、これが木の枝に引っ掛かっていましたので……」
手にしていたのは白いハンカチ。
「いつまでも上にいるつもりだ。無礼な」
護衛の怒りはもっともだろう。私がゼロニスを見下ろす位置にいるのはよくない。
ハンカチをポケットにしまい、木から下りようと手をかけた。
おお、下りたくない。
そう思いつつも逆らえず、私はスルスルと木から下りた。
ジッと監視されながら下に到着してすぐに、そのまま地面にひれ伏した。
「も、申し訳ございませんでした!!!!」
額が地面にめり込んでしまうんじゃないかと心配になるほど、ゴリッゴリとつけた。
「よい。顔を上げろ」
呆れを含んだ声が聞こえ、パッと顔をあげた。
ゼロニスは私の前に立っていた。日差しを背にしているので、まぶしくて表情が見えない。
「ハンカチの一枚ぐらい捨てておけ」
「ですが……」
一枚でも紛失したら首が飛ぶんじゃないの?
ゼロニスは深くため息をつく。指を自身の頭にトントンと当てた。
「お前はバカなのか?」
へっ……?
忌々しげに顔をゆがめるゼロニス。
「木から落ち、骨折でもしたらどうするんだ」
……もしかしてこの人は私のこと、本気で心配してくれているの?
正直、意外だった。私たち使用人の命など、軽く扱っているものだとばかり思っていた。もしくは人と思っていないとか。
でもそうだよね、ゼロニスの言う通り、ハンカチ一枚ごとき。人の命に比べたら安いわよね。
小説で読んでいたゼロニスより、本当はずっと話のわかる人かもしれない。
「紅茶が飲めなくなるだろう、俺が」
感動している私にゼロニスが吐き捨てた。
パチパチと瞬きを繰り返すこと三回。
ようやく理解した。
……なるほどね。そうきたか。
納得してうなずいたところでゼロニスが口の端をクイッと上げる。
「なんだ。なにが言いたい」
「いえ、私ごときがめっそうもございません!!」
鋭い視線を向けられたので、再び地面に額をつけた。埋まりそうなほどの勢いで。
「行くぞ」
ゼロニスは端整な顔立ちにフッと笑みを浮かべた。そしてそのまま、護衛を連れてパッと踵を返す。
彼らの姿が見えなくなったところで、ようやくホッとした。
やっぱりね、私の心配じゃなく、自分が飲む紅茶の心配か。
……小説の描写、そのまんまじゃないか!
やっぱり関わるべきじゃない人物と、再認識した瞬間だった。




