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暖かな日差し、雲の間から顔を出す太陽。
小鳥たちのさえずりの下、体を動かすのは気持ちがいい。吊るされたロープに手を伸ばし、シーツなどかける。最初の何枚かまでは良かった。だが、水を吸った布は重く、腕が痛くなる。
また、ロープは高い位置に吊るされており、見上げて背伸びをしているので首も痛くなってきた。見かけよりもずっと重労働だ。
「ああ、本当、疲れたわ」
「腕が上がらないわ」
同僚のメイドたちも疲れを口にする。
「ラリーもそう思うでしょ」
不意に同意を求められた。
「ええ、そうね。明日は筋肉痛になるかもしれないわ」
すでに筋肉痛は免れないと思えた。
「この仕事を続けていたら腕が太くなってしまうわ」
「本当、鍛冶屋のおじさんぐらいになったら、どうしましょう」
同僚たちは文句を言いながらも、手を休めない。私も耳を傾けながらも手を動かしていた。
「ねえ、ラリーはゼロニス様の紅茶係に任命されたんでしょう?」
「えっ、そうなの?」
二日目にして噂になっているようだ。
「たまたま紅茶を淹れたのが、お気に召していただけたみたいで……」
変に目立ってはいけないと、謙遜するのみだ。やっかまれて嫉妬されることは避けたい。
「ゼロニス様の整ったお顔を近くで拝見できるなんて、うらやましいわ」
「本当、いいわね」
ひとしきりうらやましがられたあと、メイドは声をひそめた。
「でも……聞いた話だけど、以前ゼロニス様の給仕係だったメイドが……不敬を買って腕を切り落とされたと聞いたわ」
ヒッ!! なんてこと!!
思わず顔が青ざめる。
「あら、違うわよ。そんなことあるわけないわ!」
もう一人のメイドが訂正に入る。
よかった、ホッと胸をなでおろす。
「ゼロニス様に限って、腕だけで済むわけがないじゃない。首を切り落としたって話よ!!」
ひっ、ひぃぃぃ~。
聞かなければ良かった、一瞬ホッとした時間を返してちょうだい!!
顔面蒼白になった私を見て、二人は我に返ったようだ。
「あっ、でも、変なことをしなければ、大丈夫だと思うから!! ……多分だけど!!」
「そっ、そうよ!! 失敗しなければ問題ないわ。……知らないけど!!」
二人とも、慰めになってないから、それ!!
「あなたならそつなくやれるはずよ、頑張って!!」
なにも知らない初対面の私に、精いっぱいのフォローをありがとう。
「でもゼロニス様の婚約者、誰に決まるのかしらね?」
「本当。誰が選ばれるのか興味があるわね。集まっているのは美しい方たちばかりだったわ」
いまのところ、婚約者候補の女性たちとの交流は特にないようだった。
今後は定期的にお茶会や舞踏会などの交流会が開催される予定だ。
「もう少ししたら、本格的に忙しくなるはずだから。頑張りましょうね」
「そうね」
同僚と会話していると突風が吹いた。
「あっ」
先ほど干したばかりの小さなハンカチが風に飛ばされた。
手を伸ばすがすでに遅く、バルコニーから一階へ、ヒラヒラと落ちていった。
いけない、無くすわけにはいかない。
「私、取ってきます」
「お願いするわ。すぐそこの階段を使って」
同僚が指さした先には、バルコニーから庭園に続く外階段があった。
急いで階段を駆け下りると、庭園の一角にたどり着いた。
ハンカチ、ハンカチ、どこへ行ったのかしら。
キョロキョロと周囲を見回す。
私がなぜここまで必死になっているのかというと、ロンバルディのお屋敷で、手癖の悪いメイドが高価な洗濯物を盗んでいたこともあったみたいで……。
それ以降、目が厳しくなり、洗濯物の一枚でも紛失した場合、連帯責任となる。
叱責されるのは避けたいし、始末書などもごめんだ。
確か、ここら辺に落ちたと思うのだけど……。
花壇の脇や生垣を見て回る。大きな木が視界に入り顔を上げると、白い布が視界の端に入った。
あっ、あったわ。
どうやら風に飛ばされ、木の枝に引っ掛かってしまったようだ。
手を伸ばしても届きそうにない。でも、もう少しで届きそうだ。
周囲をキョロキョロと見て、確認する。
うん、人の気配はなし。
では、行きますか。
靴を脱ぐと、低い位置にある木の枝に手をかけた。
そこを足がかりにし、スルスルと上を目指す。
こう見えても前世で運動神経は抜群だった。その勘を頼りに登ったが、特に問題はない。
やがてお目当てのハンカチに手を伸ばす。
つかんだ瞬間、嬉しくて微笑む。
少し汚れちゃったけど、洗えば落ちるはずよね。
枝にまたがり、ふと光景を見た。
わぁ、ここは木の陰になっていて涼しい。それにいつもより高い位置から見る屋敷と庭園もまた、素晴らしかった。少し視点が違うだけで、こうも素晴らしく感じられるのだな。
さて、いつまでもこうしてはいられない。
飛び降りるにしては高さがあるから、ゆっくり下りるとするか。
その時、ふと人の気配を感じた。
ビクリと肩を震わせ、息をひそめた。
こんなところにいるだなんて、不審者もいいところ!! ばれるわけにはいかない。
足音と低い声からいって、男性だろう。それに相手は二人以上いる。
お願い、こっちに来ないで。そして私に気づかないで。
私の願いもむなしく、木の真下までやってきたようだ。
ああ、どうか、お願いします、気づかないで。
祈る気持ちで真下を見てギョッとした。
く、靴がぁ~!! 脱ぎ捨てられた靴があるよぉぉお!!
たった先ほど、意気揚々と靴を脱ぎ捨てたことを思い出した。




