表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/65

プロローグ

 シャンデリアの輝きがフロアの大理石に反射してまぶしい。


 着飾った女性が集結し、香水や化粧品の匂いが充満し、熱気にあふれている。


 フロアに通じる階段、その奥には扉がある。やがて奥の扉が静かに開いた――


 最初に姿を現したのは物腰柔らかく、動作に丁寧な印象を受ける二十代そこそこの男性。


 男性は一歩前に出ると咳払いしたので、皆の視線が集中した。


「このロンバルディの地にお集まりいただき、ありがとうございます。皆さまにはこれより、このお屋敷で自由に過ごしていただきます。その間、裏門はいつでも開いておりますので、帰宅は個人の自由となります」


 淡々と説明するけど、なに? いったいなんのことを言っているの?

 こめかみが痛み始め、ズキズキする。顔をしかめながらも聞いていた。


「なお、期間は二か月を予定しております。どうか、皆さまの中で素敵な方が婚約者として選ばれますように」


 婚約者? 選ばれる? 何の話?


 中世ヨーロッパ時代を思わせるドレスに着飾った女性たち、まさかここにいる女性全員が対象なの? その婚約者とやらに……。


 焦って周囲を見回すも、私と同じように取り乱している様子の人は、誰一人として見られなかった。皆が一字一句聞き逃すまいと、真剣そのものだ。すさまじい気迫さえ感じられる。


 その時、赤い絨毯を踏みしめ、階段の奥から姿を現した人物がいた。


 一瞬にして空気が変わる――


 ここにいる皆が視線を奪われる。


 スラッと伸びた手足に、サラサラと輝く髪は金糸のよう。青い空を思わせる瞳にスッと通った鼻筋。端整な顔だちをフロアに向けている。だがこれだけ視線を集めようと、動じた様子も見せなければ、愛想笑いでニコリとすることもない。


 彼を視界に入れた途端、頭を鈍器で殴られたぐらいの衝撃を受けた。心臓がドクドクと音を出す。


 私は彼を知っている――


 確信にも似た思いを抱くと唇が震えた。いや、全身に震えがきた、といった方が正しいか。


 嘘でしょう、これは夢? えっ、なんで……!?


 一段高い場所から皆を見下ろす視線は、まるで絶対君主のようだ。威圧感がある姿に視線をそらしたくとも、なぜかひきつけられた。


「こちらがゼロニス・ロンバルディ様です」


 その紹介を聞き、最初は耳を疑う。


 えっ、やっぱり!? ゼロニスってあのゼロニスなの!?


 周囲の女性が色めきたったのを肌で感じる。私は目を見開き、唇がわななく。

 遠くから周囲を見下ろす彼は間違いない、あのゼロニスだ。


 いったい、ここはどこなの!?


 中世ヨーロッパを思わせる舞台にも混乱し、叫びたくなる。


 そう、彼は小説『暴君の溺愛』のヒーロー、ゼロニス・ロンバルディ侯爵。あの容姿は間違いない。


 『暴君の溺愛』とは私が読んでいた小説だ。

 ヒーローのゼロニス・ロンバルディは侯爵家の跡継ぎであり、大富豪。

 魅力的な容姿はまさに小説のヒーローといった感じだった。


 ――見た目だけは。


 イケメンだが性格はちょっとイカレていた。自分に盾突く奴は潰し、敵だとみなしたら容赦しなかった。彼に目をつけられたら終わり。平穏な人生は送れなかった。


 その彼が目の前にいる――。


 なぜ、どうして?


 隣にいるのは側近のフォルクだろう。黒髪で柔らかな印象を受けるが、かなり頭が切れる。ゼロニスが心を許す、数少ない人物だ。


 そこでハッと気づく。


 わ た し は?


 わ た し は だ れ?


 小説を読み込んだ私なら知っている。

 このイベントはきっと、ゼロニスの婚約者選定の始まりを告げるパーティだ。


 ゼロニスは結婚になど興味がなかったが、その立場上、いつまでも独り身を貫けないことは彼もわかっていた。年々うるさくなる周囲にあきあきし、渋々と婚約者を選定する催しを開催した。


 それはゼロニスの屋敷に婚約者候補となる女性、すなわち適齢期で貴族の娘を一堂に集めた。その中で二か月かけて選定する、というもの。基本、ゼロニスは去る者を追わないので、いつこの婚約者選定から降りようと、本人の自由だった。レースから降りたければ屋敷の裏口は開いており、そこからそっと去ればいいだけ。


 このロンバルディのお屋敷を舞台に、女性たちの愛憎乱れた戦いが始まる。ただ一人、ゼロニスという男から選ばれる為に――


 最初は恋愛なんて面倒だと思っていたゼロニス。適当に婚約者を選ぶつもりでいた。


 だが彼は、ここで運命の出会いを果たす――


 そこまでを思いだし、いてもたってもいられなくなる。


 か、鏡!! 鏡はどこ!?


 そして私は誰!?


 上から静かに見下ろすゼロニスに、皆の視線が釘付けになっている。だが私は構わずクルッと踵を返す。

 急いで扉に向かい、フロアから姿を消す。

 扉がパタンと閉まった途端、走り出した。


 私はどこに向かっているの? でも不思議と体は覚えていた。

 

 重いドレスを引きずって走ると、簡単に息がきれた。肩でぜぇぜぇと呼吸をしながら、広い廊下で立ち止まる。そしてふとある人物が視界に入る。


 きつめに巻かれ、カールした茶色の髪。

 つり上がっている目じりは勝気な印象を受ける。なによりも頬に施したパウダーの色の濃さ、唇に塗られた真っ赤な色、目元の濃いシャドウも特徴だ。

 胸元がざっくりと開いた露出の高い、派手な深紅のドレス。


 すっごい派手な方がいらっしゃるわ。そう、怖いぐらい……。


 気まずくなってパッと目を逸らす。絡まれたら大変だ。そう、気分はコンビニから出た途端、輩系と目が合ったみたいな感じ。


 だがすぐにガバッと顔を上げる。もう一度彼女に視線を向けると、相手もまた自分を見ていた。

 

 もしかして……。か、鏡なの!? これって⁉

 

 全身を写す鏡だったことに驚愕し、手を伸ばす。


「あっ、あああ……!!」


 鏡に写る人物を見て、震えながら声が出てしまう。


 そこにいた人物はラリエット・メイデス。


『暴君の溺愛』での立ち位置は――悪役令嬢。しかもちょい役の。はっきり言うとモブ。モブの当て馬。名前だけ出てきただけでも、まだ救いがあると思われるが、物語の途中であっさり退場した。


「ど、どうして私がラリエットになっているのよ!!」


 よりによって悪役令嬢じゃない‼ 


 頭をかきむしりながら、叫んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ