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魔王の礼

作者: 吉岡果音

 古びたカーテンの隙間から、覗く鋭い三日月。


「ベッドで寝るのは、久しぶりだなあ」


 男は、相棒である大剣を枕元近くの壁に立てかけ、独り呟く。

 うん、と伸びをしてから、ベッドにどっかりと腰を下ろす。大柄で筋肉質な男の下で、ベッドが小さな悲鳴を上げた。

 怪物を退治しながら、旅を続けていた。剣の技を活かしながらの自由気ままな暮らしが、性に合っていた。

 今日は怪物を退治し報酬金を得たので、久方ぶりの宿屋に泊まることにしたのだ。

 

 どんどん。


 木の扉を、叩く音がする。


「なんだ? 宿屋の主人か?」


 宿の説明とか、なにか説明をし忘れたことでもあったのだろうか。こんな夜更けになって、と少し首を傾げながら、男は扉を開けた。


「私は、貴様に助けられた魔王だ!」


 えっ。


 男の顔を見るなり投げつけられた、謎の自己紹介。目が点になる男をよそに、堂々と胸を張る、黒髪長身の男。


 ばたん。


 無言で、扉を閉めた。速攻で。


 やばいやつだ。


 旅暮らしで磨かれた鋭い勘を働かせずとも、わかってしまった。自分が宿泊しているこの部屋を訪れたのは、あきらかに不審者である、と。


「おい! こら! 男! なぜ閉めるのだ!? この私がわざわざ来てやったというのに!」


 どんどん、扉を叩く不審者。他に宿泊客もいるだろうに、迷惑極まりない。


「勘違い、なにかの間違い、人違いです。俺はあなたを知りません」


「貴様は、昼間! 怪物を倒してくれただろうが!」


 えっ。


 なぜそれを、と思った。確かに、今日の昼ごろ、怪物を倒していた。


 あ。もしかして。


 町役場で報奨金を得ているところを、偶然目撃して追って来た、報奨金目当ての強盗かもしれない、と一つの仮定がひらめく。


 でも、「まおう」ってなんだ。しかもご丁寧に扉を叩いて来るってなんなんだ。


「私は! 貴様ごときに礼をしようという、誠に心広き魔王ぞ!?」


 まおうが礼に来る――。考えても、よくわからない。


「俺は怪物を倒したが、まおうを助けた覚えはない」


 意味がわからなかった。意図もわからない。関わりたくなかったが、叩かれ続ける扉。このうるさい不審者は、是が非でも扉を開けさせたいらしい。

 大剣にちらりと目をやる。しかし、騒ぎを大きくしたくなかったし、相手は一人、ここは狭い屋内ということ、そしてなにより自分の体格や戦闘力を思えば、剣の出番はなさそうだ。


「ああ、そうか。この姿だからわからないのだな」


 扉の向こうで、そんな声がした。それから、少し静かになった。

 

 なんだったんだ。いったい。


 あきらめて帰ったのかもしれない。あきらめてって、なにをあきらめるのかよくわからないが。

 男がやれやれ、とふたたびベッドのほうへ歩き出したときだった。

 足元に、蛇がいた。


「いつの間に!」


 不審者の次は蛇か、なんて宿だ、と思ったそのとき。


「この姿のとき、怪物に襲われそうになったのだ」


 ええっ。


 男の眼前、蛇の輪郭が揺らぎ始める。あっという間に蛇が、たちまち先ほどの黒髪長髪男に変化していくではないか。


 変態! 変態が、変態した!


 不審者が、変態扱いとなった瞬間だった。


「驚いたか。私は魔王。変幻自在、神出鬼没、七転八倒なのだ」


 しちてんばっとう。


 なにか見当違いのワードが混入している気がしたが、そもそもの状況が人智を超えていたので、一瞬意識を持っていかれただけで、男はすぐさま反撃に転じた。


「なに勝手に入ってきてんだよ!?」


「お礼をさせてほしいって、さっきから言ってるではないか」


「はあっ!? 魔王が!? 俺に!?」


「そうだ。魔王が、貴様に、だ」


 なんで偉そうなんだろう。


 ひたすら面倒くさかった。が、いつも野営の自分、久々の宿、久々のベッドを早く満喫したいと思っていた。そのためには、早々に会話でも実力行使でも、なにがしか反応をせねば、と思った。

 とりあえず、ここは宿屋。世話になるのだからここで暴れるのもはばかれるので、平和的交渉を試みることにした。


「そもそも。そもそも自分を魔王と言っているのに、怪物に襲われそうになったというのは、どういうことなんだ」


 訊くのも気だるかったが、普通魔王っていうからには、王であり、それが旅の剣士ごときに倒される怪物に襲われるってなんなんだ、そこは訊いておかねばと思った。一般的な「魔王」に対する名誉のためにも。


「誰にだって得手不得手はあるだろう」


「魔王なのに、か!?」


「だって、ニンジンは嫌いだ」


 昼間倒した怪物の姿を思い出す。それは、ニンジンのような形をしていた。


 ニンジン怪物。


 報奨金を用意してくれた町役場の人によれば、千年生きたニンジンが、変化したものだという。

 なるほど、と合点がいくようないかないような、と思いつつ魔王に視線を戻すと、魔王は、ぷう、と頬をふくらませ、むくれた顔をしていた。


 かわいくないからな。


「あっ、貴様、薄目で見下したっ」


 わなわなと男を指差し、抗議する魔王。

 そりゃそうだろう、と言ってやりたかったが、まあ確かに誰だって相性や得手不得手はあるもの、と思い直すことにして、とりあえず、


「礼などいらん。あの場に蛇がいたとは気付かなかったが、結果的に人助け、いや、魔王助けになったのならよかった」


 と、棒読みで述べた。


 礼の言葉を一応受け取り、自分の意見を述べた。俺の役割は終わった。


 これで、この奇妙なやり取りは終了、手打ちだ、と思った。

 では、お帰りください、と男は扉のほうへ向かうよう、手で促した。


「私は、お礼をしたいのだ! お礼として貴様に壺を作り贈呈したいのだ! もったいなくも、貴様のために!」


 は?


 もったいなくも、とは余計な一言だ、という思いが頭の中駆け巡る。いや、問題はそこではないのだが。

 魔王は男を指差しつつ、声を張り上げた。


「今から作る。ただし!」


 但し書きがつくらしい。


「絶対に、作っている姿を覗くなよ!」


 はあ?


 持参ではなく、今から作るのだという。


「ここで?」


「ああ、そうだ!」


「作れるものなのか?」


 魔王は、ふふん、と鼻で笑った。


「魔王だぞ。私は」


 ニンジン怪物に負けるくせに。


 男は、そんな心の声をぐっとこらえた。まあ、こらえる義理もなかったのだが。


「では、参る!」


 高らかに宣言した魔王は、ずかずかと部屋の真ん中を歩き、奥の個室に入っていった。


「できあがるまで、開けるなよ!」


 え? そこで!?


 個室。それはすなわちトイレだった。

 鍵のかかる音。ここで、壺制作に打ち込むらしい。


 できあがるまで、開けるなって――。


 なにやら音がする。光も漏れ出る。扉の向こう、人智を超えた、なにかが行われている――。

 男は叫んだ。深夜であることも忘れて。


「勝手にトイレに、こもるなああああ!」


 用を足しておいて、よかったと思った。




 いつの間にか、眠っていたらしい。

 

 夢、だったんだろうか。


 とてつもなくヘンテコで無意味で、ひたすら疲れる夢だと思った。

 あくびをしながら起きると、テーブルの上に、朝日を浴びたなにかが乗っている。


「壺だ……」


 釉薬の掛かった、茶色で小さな壺だった。

 携帯に便利な小ささだが、有無をいわさぬ存在感が、ある。

 優美な曲線が、あざわらうように朝の光を返す。


 作っている姿を見るな、と言われたけど、絶対見たくないよなあ……。


 魔王の姿はなかった。気が済んで帰ったのだろう。

 もしもう一度遭遇したとしても――、製造方法、原材料については追求しないでおこうと思った。




 魔王の壺の中には、金貨が入っていた。

 使っても使っても、なぜか金貨の湧き出る、不思議な壺だった。


 さすが魔王。


 一応尊敬の念と感謝の念を抱きつつ、男は大剣を振るう。

 光を放ち、風を走らせながら大剣が振るわれた先には、一頭の怪物。

 怪物は、緑色をしていた。そしてそれはあるものに酷似していた。

 どう見ても、ピーマン――。


 まさか、ね。


 一瞬、嫌な予感。

 剣の流れのまま、怪物は、一刀両断された。

 大剣を大きく振り払った姿勢の男の目の端に、なにかが映る。

 草むらに、長いものが、いたような、いないような……。


 どんどん。


 深夜、宿屋の扉が叩かれる。


「礼に来てやったぞ! 個室を貸せ!」


 男は、とりあえず用を済ませておくことにした。

 貴様、聞いているのか、と扉の向こうから聞き覚えのある声。


 今晩のトイレは封鎖か。あの晩のように。


 いったい魔王には、どれほど苦手があるのだろう。野菜の種類は豊富だ。

 好き嫌いをなくすよう、一応説教だけはしておこうと思った。

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