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原田太一

 原田太一は今春に大学を卒業したが、就職はせずにフリーターとして居酒屋のアルバイトを続けることにした。

 それまで暮らしていた学生寮は大学卒業と同時に出なければならなかったので、家賃の安い部屋を探した。

 なかなか安い部屋が見つからなかったが、たまたま入った街の不動産屋で格安の川西マンションを紹介してもらった。

 駅から五分の好立地で、築三年とまだまだ新しくきれいなマンションだ。家賃はこの辺りの相場の半額以下という破格値だったので、即入居を決めた。

 紹介してくれた不動産屋は、とっておきの特別な物件だと胸を張っていた。それなのに、入居しているのは、二〇四号室に男が一名と二〇三号室と一〇三号室に女が各一名ずつの計三名だけだった。なぜ、こんなに空きが多いのかと、入居した時太一は首を捻った。

 二〇四号室に入居している男は、三浦という体が大きく厳つい男だ。たまに顔を合わせることがあるので、太一の方から挨拶しても、三浦は絶対に挨拶などしてこない。返ってくるのは、きつく睨むような視線ばかりだ。

 二〇三号室の見市麗子という女も顔を合わせた瞬間から蔑むような視線を太一にぶつけてくる。だから、つい目を逸らしてしまうので、まともに言葉を交わしたことはない。

 唯一、一〇三号室の浦川優香だけが、太一に親しく挨拶をしてくれ話しかけてくれる。

 優香は見た目だけはアイドル並みの可愛さだが、見た目とは違い、がさつでマイペースな女だ。いっしょにいると、こっちがいつも振り回されてしまう。

 優香と最初に言葉を交わしたのは引っ越しした当日だった。荷物の片付けが一段落ついてコンビニでコーヒーでも買いに行こうと、太一が部屋を出た時、ちょうど隣の部屋から優香も出てきた。

 ドアの前で顔を合わせた瞬間、彼女のあまりの可愛さに心が跳ねて、なんと声をかけていいのか戸惑ってしまった。

 優香はこっちが戸惑っていることなどお構い無しに、いきなり満面の笑みを浮かべて、「こんにちは」とキラキラした声で挨拶してきた。

 太一は思いがけない彼女からの挨拶に、「あ、ああ」とだけしか返せなかった。

「今日、引っ越してきたんやね」

 優香は続けて親しげに話しかけてきた。

「は、はい、よ、よろしくお願いします」

 太一は戸惑ったが、体が熱くなるのがわかった。めちゃくちゃ可愛いじゃないかと素直にそう思った。

「今日は引っ越しの荷物運ぶ音がうるさかったわー」

 優香はニコニコしながらクレームを言ってきた。

「すいません」

 太一は頭を下げた。

「別にええよ、お互い様やし。その代わり、今度なにか美味しいもんでも奢ってよ」

「あ、はい、わかりました」

 太一の方が優香より年上だと思ったが、なぜか敬語になってしまった。それにしても初対面で奢ってくれという神経がよくわからない。

「名前まだやったね。あたしは浦川優香。よろしくね」

「浦川優香さん……」

「そう。あんたは?」

「お、おれは原田、原田太一」

「原田太一くんね。オーケー、覚えた。じゃあね」

 優香はそう言って手のひらをヒラヒラさせ、先にマンションを出て行った。

 太一はスタイルのいい優香の後ろ姿を呆然と見送った。

 それからも、会う度に優香の方からいろいろと話しかけてくれたので、すぐに仲良くなれた。

 最初は図々しい奴だなと思ったが、顔は可愛いし話していると楽しいので、その図々しさも許せてしまうというかクセになってしまう。

 優香は駅前の関急百貨店で働いているので、優香の仕事中に、関急百貨店に何度か訪れたことがある。別に何を買うわけでもなく、彼女の顔が見たいだけで、勝手に関急百貨店に足が向いた。

 関急百貨店で働いている時の彼女は言葉遣いや立ち振舞いがマンションにいる私生活の時とは全くの別人のようだった。百貨店で仕事をしている彼女は清楚でおしとやかな女性に変身する。

 太一は、私生活のがさつで図々しい優香を自分だけが知っていると思うと、なぜか嬉しかった。


 昨日の夜、仕事を終えて着替えてからスマホを見ると優香からラインが届いていた。ラインには太一たちの住む川西マンションに今日新しい男性が引っ越してきて、その男性は少しエロいが悪い人ではなさそうなので、太一にも紹介したいというメッセージがあった。

 太一は『少しエロい』という言葉に引っかかった。優香とその男性の間に、その『少しエロい』と思わせる何かがあったということなのだろうか。

 なぜか、少し心がざらついた。仕事の帰り道、ざらついた気持ちを取り除こうとしたが、考えれば考えるほどざらついた気持ちは膨らんでいった。

 明日の七時頃に太一の働く『居酒屋ドンドン』にその男性を連れて行くとラインの最後に書いてあった。

 太一は優香の誰とでもすぐに仲良くなる性格に感心した一方で、これまで自分に対し優香が仲良く接してくれていたのが、特別なものではなかったのかと思うと、少し残念な気持ちになった。

 今日、引っ越してきて知り合ったばかりの男性と明日居酒屋へ飲みに行く約束をするのは、若い女子のくせにちょっと無防備すぎないかと、また、そこで太一の心はざらついた。

 優香のことだから、無理矢理に明日、『居酒屋ドンドン』に飲みに行く約束をその男としたのだろう。

 きっと、明日の『居酒屋ドンドン』の会計はその男が支払うことになるのだろう。優香はそういう女子だ。しかし憎めないのが彼女の魅力だ。

 優香と知り合って最初の頃に、「何している人?」と訊かれた。

 駅前の『居酒屋ドンドン』で働いていると、太一がこたえると、「じゃあ、近いし飲みに行くから、お勘定、お願いね」と言ってきた。

 知り合って間もないのに、図々しい女だなと思う気持ちと、こんな可愛い子が職場に来てくれるという嬉しい気持ちが太一の頭の中で入り乱れたことを思い出した。

 今日引っ越してきた男もきっと今はそんな気持ちのはずだ。図々しいと思いながらも、優香と飲みに行けることを喜んでいるに違いない。そして、その男は優香に心を奪われていくんだろう。そう思うと太一のざらつく気持ちは膨らむ一方だった。


 今日は焼き場の担当で、煙に巻かれながらずっと焼き鳥を焼いている。

 午後七時前、入口のドアが開き、店員の誰からともなく「いらっしゃい」の声が飛ぶ。その度に、太一は「いらっしゃい」と声を掛け、入口に視線を向けた。優香と引っ越してきた男がそろそろ現れるのではないかと思うと、そわそわして落ち着かない。

 午後七時十分。やっと入口に立つ優香の姿を確認した。

 優香はいつものようにニコニコと笑みを浮かべていた。いつもと違うのは、その笑みは隣に立つ男に向けられていたことだ。いつもなら、優香はニコニコしながら店内を見回して太一を探すのだ。

 優香の隣に立ち、優香の笑みをひとりじめしている男がどんなやつなのかが気になってしかたがない。一旦、焼き鳥に視線を落として、すばやく焼き鳥を全てひっくり返してから、視線を上げどんな男なのか確かめた。

 優香と男は店員に席へと案内されていた。優香は太一に気づく様子もなく、隣の男に何やら笑顔で話しかけている。男の身長は優香と変わらないくらいだ。小柄で痩せた気の弱そうな男だった。

 男は優香の言う通り、悪い人間ではなさそうだが、優香に向ける、鼻の下を伸ばしたにやけた表情がどうも気にくわない。

 二人が席についてから、優香が店内を見渡していた。太一を探している様子だったが、太一は手を上げることも、声を出すこともせずに、優香が自分を見つけるのを待った。

 優香は太一を見つけることが出来ない様子で首を捻っていた。太一を探すことを諦めたのか、その後、テーブルに肘をつき、前に座る男の顔を覗きこんで何やら笑顔で会話を始めた。

「クソーッ」と心の中で喚いて、ムカムカする気持ちをおさえながら焼き鳥の火加減を調節した。

 しばらくすると、「太一くーん」と優香の声が耳に飛び込んできた。顔を上げると、優香が席についたままニコニコと太一に手を振ってきた。

 太一はさっきまでのイライラした気持ちはぶっ飛んで口元を緩めてしまった。そして優香に向けて手を振り返した。

 前に座っている男も太一に視線を向けてきた。目が合うと男が頭を下げてきたので、太一も仕方なくペコリと頭を下げた。

 優香はこれまでにも何度か店に来てくれたが、いつも一人で来て、太一に向かって手を振ってこっちこっちと手招きをして太一を呼んだ。

 こっちは仕事中で手が離せない時でも、優香は気にかけない様子だった。でも、なぜかそれが嬉しかった。

 しかし、今日の優香は太一を呼ぼうとしない。太一に手を振ったあと、また前に座る男と会話をはじめた。

「クソッ」とまた呟いた。

「どうした?」という声に振り向くと二歳上の先輩が立っていた。

「いえ、なにも」

「なんか、機嫌悪そうじゃないか」

 先輩に「クソッ」と呟いた声を聞かれてしまったようだ。

「機嫌悪くないすよ」

 太一がふてくされたように言うと、先輩は太一の耳元で、「彼女が来てんな」と優香の方に視線と顎を向けた。

「別に彼女じゃないっすよ」

 太一は口を尖らせた。

「照れんなよ。まっ、いいわ。ちょっとだけ焼き場かわってやるから、とりあえず行って挨拶だけでもしてこいよ。そしたら、お前の機嫌もなおるだろ」

 先輩が太一の背中をポンポンと叩いた。

「別に機嫌悪くないすよ」

「わかったわかった。でも、彼女がせっかく来てくれてんだし挨拶だけでもしてこいよ」

「そうすね、すいません、じゃあ行ってきます。ありがとうございます」

 太一は先輩に頭を下げた。

「今日は彼女、一人じゃないな。男連れてきてんぞ。それで太一の機嫌が悪いのか。恋のライバル出現みたいだぜ。早く行かないと盗られちまうぞ。絶対、負けんなよ」

 先輩はそう言って太一の背中を叩くように押した。

「だから、そんなんじゃないですって」

 太一は先輩に押され、前のめりになりながら先輩の言葉に反論した。

「はいはい。わかったから早く行けよ」

 先輩はニヤニヤと笑みを浮かべていた。先輩の好意に甘え、優香と男の座る席へと口を尖らせながら向かった。

 優香と男は太一が近づいてくることに気づく様子もなく、何やら二人で話し込んでいた。

 太一が二人の座るテーブルの前まで来て二人を見下ろすと、やっと優香と男が顔を上げた。

 優香と目が合って、「オーッ」と太一は不機嫌そうな声を発した。

「あらー、太一くん」

 優香は小さく手を振って満面の笑みを浮かべて太一を見上げた。この笑顔が可愛いので、つい口元が緩んでしまう。

「太一くん、紹介するわ。昨日、川西マンションの二〇五号室に引っ越してきた瀬川次郎さん。次郎ちゃんって呼んであげて」

 優香が言うと、瀬川という男は椅子をガタガタと音をたてながら立ち上がり、「は、はじめまして、瀬川次郎です。こ、これからよろしくおねがいします」と直立不動で言ってから、四十五度のおじぎをした。

 堅い奴でどんくさそうだが、好感は持てるなと思った。優香に手を出さない限りは嫌いにはならないだろう。

「どうも、はじめまして、原田太一です。よろしくお願いします」

 太一も瀬川に倣い深めのお辞儀をした。

「瀬川さんはカマダ電気で働いてるんだって。テレビとかエアコンとか、家電買うなら安くしてくれるっぽいよ。太一くんもお願いしといたらええねん」

 優香のことだから、瀬川に断りもなく勝手に安くしてくれると決めつけているのだろう。

「そうなんすか」

 太一は瀬川に確かめるように訊いてみた。

「ええ、まあ、できる限りは勉強させていただきます」

 瀬川は頭を掻きながら、少し困った表情だった。

「でも、おれは金欠なんでテレビもエアコンも買い替える余裕はないですし、今使ってるので十分す」

「じゃあさー、この機会にスマホ買い替えたらええんとちがう。太一くんの画面割れてるしね。スマホも次郎ちゃんにお願いしたら、まけてくれると思うで」

 優香がまた勝手に決めているようだ。

「本当っすか」

 太一はまた瀬川に顔を向けて訊いた。

「ええ、まあ、できる限りは」

 またまた、瀬川は困った表情だった。

「とりあえず、ゆっくりしていって。おれ、今日は焼き場担当だから、あまり相手できないけど、悪いな」

「ええよ。その代わり、太一くんの焼いた焼き鳥を盛り合わせにして一皿、太一くんのおごりで頼むわ」

 その代わりの意味がわからない。こっちは仕事中だから、優香たちの相手ができなくて当たり前じゃないかと、太一は不満に思うが、結局おごるはめになる。

「一皿だけだぞ」

 太一は人差し指を一本立てて優香に念を押した。そうしておかないと、次から次へと太一のおごりと決めつけて注文してくる。

「まっ、一皿だけでいいか。次郎ちゃんも一皿で我慢してあげてな。これくらいで太一くんのこと、せこい奴とか言うて嫌いにならんといてな」

「そ、そんな一皿でも申し訳ないですし、ありがたいことです」

 瀬川は恐縮するように小さな体を一段と小さくし肩を竦めた。

 瀬川の様子を見て、川西マンションに自分以外でやっとまともな住人が入居してくれたと思った。

「じゃあ、焼いてくるわ。焼き鳥盛り合わせ一皿だけな」

 太一はもう一度念を押してから、焼き場に戻った。

 焼き場を代わってくれていた先輩に礼を言うと、先輩は、「また彼女にたかられたのか。彼女をゲットするのも大変だな。まっ、頑張って」と笑いながら太一の肩を叩いて焼き場から離れていった。

「ほんと、そんなんじゃないっすよ」

 先輩の背中に向かって反論すると、先輩は背中を向けたまま右手だけを上げて去って行った。


 この日、早番だったので、さっさと仕事を切り上げ、客として来てくれた優香と瀬川と三人でマンションへ帰ることにした。

 優香を真ん中にし、右側に瀬川、左に太一と横一列に並んで歩いた。

「なかなか安くて美味しい店やろ。あの店はおすすめやで」

 優香が瀬川の方を向いて言った。

「そうですね、ほんと美味しかったです。これからも、たまにこうして飲みに行きたいですね」

 瀬川が優香を見てから太一の方に視線を向けて言った。

「じゃあ、これからも一緒に行ってあげてもいいけど、次からは全部次郎ちゃんのおごりやで」

「えっ、次からって、今日も僕のおごりじゃなかったですか」

「なんでやねん、半端の小銭はあたしが出してあげたやん」

「二百二十五円ですよね。残りの四千円は僕が出したじゃないですか」

「次郎ちゃん、顔に似合わず細かいこと言うな。そんなこと気にするんや」

「いや、別に気にしてるわけじゃないですけど」

「二百二十五円を覚えてるんは、ちょっと細かすぎちゃうか。男やったら、ほんまは一万千円札、ポンと出して、釣りいらんわくらい言わなあかんで」

「いやー、そんなキャラじゃないですし」

 瀬川が頭を掻いた。

「そんなことより二人であれだけ飲んで食べて四千円ちょっとやで。安いよなー」

 焼き鳥盛り合わせ一皿は自分がおごったんだと言いたかったが、それを言うと優香が細かい男言うやつやなと噛みついてきそうなので言葉を呑み込んだ。

「あー、楽しくて美味しかったー」

 優香はそう言って満足そうに両手を高く上げた。優香の上の服の裾が上がり、くびれた腰のあたりの肌が覗いた。自然とそこに視線がいってしまう。瀬川を見ると瀬川の視線も同じだった。

 優香が「あれー」と声を上げた。

「どうした?」

 太一が優香に顔を向けるのと同時に瀬川も優香に顔を向けた。             

「あれ、あの人だよね」

 優香が道の前方を指差した。

 優香の指差す方に視線を向けると、大柄な男が歩いてくるのが見えた。ズボンのポケットに両手をつっこみ背中を丸め、大きな体を小さくしてこっちに向かって歩いて来る。

「あれ、二〇四号室の三浦さんだよ」

 太一はこれまでにも仕事の帰りに何度かこの道で、三浦とすれ違ったことがあるので知っていた。

「やっぱり、そうやんな」

「おれ、仕事帰りに、三浦さんとこの道でよく会うわ」

「へえー。ほら次郎ちゃん、向こうから来るのはフランケンやで」

 優香が瀬川に向かって言うと、瀬川は「ああ」とだけ言って目を逸らした。瀬川が震えているように見えた。

「次郎ちゃん、フランケンのこと怖いんやって」

 優香が太一の肩を叩いて笑った。

 太一も三浦は苦手だ。たまにここですれ違う時も絶対に目を合わさないようにしているし、向こうも絶対に目を合わそうとしない。たまに目が合ってしまうと、いつも鋭い目で睨まれる。

 三浦との距離が近づいてきたが、やはり三浦は太一たち三人の存在を無視するかのように視線を合わそうとしなかった。すれ違いざまにも三浦は太一たちの存在を無視していた。

 すれ違ってから、優香が立ち止まり振り向いて、離れていく三浦の方を見た。

「フランケン、どこ行くんやろ」

 優香は三浦の離れていく後ろ姿をじっと見た。

「いつも、玉の湯に行ってるみたいやな」

 太一が言うと、優香と瀬川が同時に「玉の湯?」と言って太一に視線を向けた。

「向こうの角を曲がったとこにある銭湯やで」

 太一が道の向こうの方を指差した。

「銭湯はわかってるわ。なんで、マンションにお風呂あんのに、わざわざ銭湯に行くんや」

 優香が首を捻っていた、

「ゆっくり湯船に浸かりたいからちがうかな」

 太一はそんなこと気にすることでもないだろうと思った。

「マンションでも湯船に浸かろう思たら浸かれるのとちがう?」

「マンションの風呂は三浦さんには狭いんやろ」

「そっかー。フランケン、体でっかいもんな。太一くんも体でっかいから、玉の湯に行くの?」

「おれは、ほとんどシャワーだけだからな。たまーに、湯船につかりたい気分の時は玉の湯に行くけど」

「フランケンは、毎日、玉の湯なん?」

「さあー、多分そうやと思う。しょっちゅうこの道で会うからな」

「なんでやろ? シャワーだけやと嫌なんかな。人に会うの避けてるみたいやのに、なんで銭湯には行くんやろ」

 優香はずっと三浦のことを気にしていた。

「三浦さんのことなんてどうでもええやろ」

 太一は三浦が苦手で嫌いだ。

「けど、気になるな」

「そんなに気にするとこ見ると、優香ちゃんは三浦さんのことが好きなんちがうか」

 太一は軽い冗談のつもりで言った。

「そーやねん。あの人のことちょっと気になってんねん。なんか野性的でかっこええとは思うんよなー。けど、あたしがなんぼ色目つかっても、なかなかあたしの方に振り向いてくれへんねん。フランケンはどんな女の子がタイプなんやろか」

 優香はそう言って口を尖らせた。

 太一は今日一番心がざらついたかもしれない。隣の瀬川は目を丸くしていた。瀬川もきっと心がざらついているに違いない。瀬川も優香に惚れている。

「瀬川さんは彼女とかいるんすか」

 太一は話を変えるために瀬川に話をふってみた。

「僕ですか? いやー、ほしいとは思いますけど、この見た目じゃ、なかなか難しいですね」

 瀬川が頭をポリポリと掻いた。

「そっかなー。次郎ちゃん、優しそうやからモテると思うんやけど。あたしは次郎ちゃんみたいなんもタイプやで」

 優香がそう言って、瀬川の顔を覗きこむと、瀬川の顔がトマトのように赤くなった。

 三浦と瀬川は全くタイプが違うのに、優香はどっちの男もタイプなのかよと、太一の心はまたざらついた。

「おれは?」と優香に訊きたくなったが、さすがに勇気はなかった。

「ついでに言うと太一くんもタイプやで」

 こっちから訊くまでもなかった。男なら誰でもいいのかよと突っ込みたくなった。瀬川のトマトのように赤くなった顔はすぐに色が落ちて白くなっていた。

「じゃあ、またねー。次郎ちゃん、ご馳走さま。太一くん、お疲れー」

 川西マンションに着いて、優香が先に自分の部屋へと姿を消した。優香を見送ってから瀬川と二人きりになった。

「これから、よろしくお願いします」

 瀬川が笑みを浮かべ、右手を差し出したので、太一も「こちらこそ」と言って右手を出し握手した。

 瀬川の手は薄っぺらで、力を入れると、グニャリと潰れてしまいそうな手だった。

「それじゃあ、また」

 握手する手をほどくと、瀬川はそのまま手を上げて微妙な笑みを浮かべた。そして踵を返し階段を上がって行った。

「おやすみなさい」

 階段を上がっていく瀬川の背中に向けて言うと、瀬川は振り向いて、「おやすみなさい」と言って、やわらかい笑みを浮かべた。

 確かに頼りなさそうだけど、優香の言う通りすごくいい人だと思った。



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