可愛い住人
「お待たせ、じゃあ、行こっか」
優香が玄関に姿を現しサンダルをひっかけた。本気で次郎の部屋に一人で来るつもりのようだ。
彼女はさっさと部屋に鍵をかけ、「よし」と言って、先を歩いて行った。次郎は早足で歩いていく優香の背中を追いかけた。
優香は軽やかにサンダルをタンタンと鳴らしながら階段を上がって行った。次郎も続いて階段を上がった。先に階段を上がる彼女の小さなお尻が目の前で揺れている。次郎の下半身が反応した。次郎はブルブルっと頭を振った。
「あ、あのー」
次郎は優香のお尻から少し視線を上げて背中に向かって声をかけた。
「なあに?」
彼女は階段の途中で振り向いて次郎を見下ろした。その時の笑顔は関急百貨店で見た時と同じ可愛いものだった。
「いや、僕がこんなこというのもなんですが、若い女性が、男の部屋に一人で入るのって抵抗ないのかなと思ったんですけど」
「男の部屋って、どういうこと?」
優香は眉間に皺を寄せて首を捻った。
「いや、あのですね、こんな時間に男の部屋に女性が一人で入るのって抵抗ないのかなと思いまして」
「言ってる意味がようわからへんねんけど」
言ってる意味がわからないという意味の方がよくわからない。
「えっ、いや、あのですね、あなたは今から僕の部屋に一人で来て、そこでフルーツたっぷりゼリーケーキを食べるつもりなんですよね」
「そうやけど。それがどないしたん?」
優香はもう一度首を捻った。
「だから、君は一人で僕の部屋に入るつもりってことですよね」
「だから、なに?」
優香がイライラした様子で口を尖らせた。
「えっ、い、いや、だ、だからですね、これから僕の部屋で僕と君と二人っきりになるわけですから、男と女が同じ部屋に二人っきりっていうのは、どうなのかなと思いまして、それで……」
次郎は俯き加減にモジモジと話した。
「あ、あー、そうかそうか、そういうことかー。次郎ちゃんも男だってことを言いたいわけか。ハハハ、次郎ちゃんが男やってこと完全に忘れてたわ。それよりフルーツたっぷりゼリーケーキを食べれることで頭がいっぱいになったわ。ハハハ」
優香が手を叩きながら笑った。
「忘れてたって、そ、それ、ど、どういうことですか」
「次郎ちゃん、会って間もないけど、なんか男って感じしないんよね」
優香が腕を組んで首を傾げた。
「一応、男なんですけど」
次郎は少しムッとして口を尖らせた。
「機嫌悪したん? ごめん。次郎ちゃんはあたしに男として見てほしかったんかな」
優香は次郎の顔を覗きこんできた。
「そりゃそうですよ。僕は男なんですから」
「それって、もしかして、今からあたしを部屋に連れ込んで変なことしようとか、思ってたからなんやろか」
変なことをしようと考えていたわけではないが、自分の部屋に若い女性が一人で来るとなると、少しは頭をかすめてしまうのは当然のことだろう。それに連れ込むわけでなく、そっちが強引に部屋に来ようとしているのだと心の中で反論した。
「ち、ちがいます。僕から見たら、君は女性というよりまだまだ子供です。僕も君のことを女性としては見てません」
次郎は優香の顔を見ることが出来ず、俯いたまま言った。
「そっか、そっかー、確かに次郎ちゃんから見たら、あたしはまだまだガキやもんね。変な女やし、頭の中はまだまだ子供でパッパラパーやからね」
自分でも変な女という自覚はあるようだ。
「そ、そう。ほんと、君は、まだまだ子供ですよ」
やっぱり優香の顔を見ることはできなかった。
「でもねー、頭の中は子供でも、体は意外と大人の女なんだよねー。胸とか、そこそこ自信あるんやけど。次郎ちゃん興味あるんやったら、ちょっとだけ見せたげてもええよ」
優香は赤くて派手なスウェットのチャックを下げた。
「そんなのに興味あるわけないです。子供は、さっさとケーキ食べて、部屋に帰って歯磨いて寝てください」
次郎の視線は一瞬、優香の胸元にいってしまった。スウェットのチャックが開いて見えるTシャツからだと、胸の膨らみがはっきりとわかった。確かに視線が釘付けになってしまうほど魅力的だったが、次郎は無理矢理に彼女の胸元から視線を剥がした。
「へへへ、次郎ちゃん、興味ありそうやね」
優香が次郎に向けて胸をつきだしてきた。
「興味あるわけないでしょ。早く行きますよ」
次郎は慌てて、彼女の横をすり抜けて階段を上がって行った。階段を上りきって、優香の方に振り向くことなく、そのまま廊下をまっすぐに早足で歩いて行った。心臓が飛び出しそうなくらい胸がバクバクした。下半身が反応するのを必死で堪えた。
「次郎ちゃーん、待ってよー」
優香の声が廊下に響いた。
ここで大きな声を出すな。三浦の怒る顔が浮かんで、優香の方に振り向き、口の前で人差し指を立てた。
「シーッ、静かにしてください」
次郎は声を殺した。
「はーい」
優香が幼稚園児のように、笑みを浮かべて右手を上げた。それを見て不覚にもやっぱり可愛いなと見惚れてしまった。
ここで大声を出されるのは絶対ヤバイ。三浦の厳つい顔が脳裏をかすめた。
「早く、中に入ってください」
二〇五号室のドアを開け、まだ片付いていない部屋へと優香の背中を押した。
「キャー、エッチー」
背中を押された彼女がまた声を上げた。
「シッ、静かにして下さい」
次郎はまた人差し指を口の前に立てた。
「次郎ちゃん、どうしたん?」
「隣の三浦さんって人、騒がしくすると怒ってくるかもしれないんです。さっき挨拶に行った時、物音たてるなよって凄まれました。ですから、ここでは静かにお願いします」
「はーい」
優香はまた右手を上げた。今度は声を殺して返事をした。
「その調子でお願いします」
「はーい。じゃあ静かにお邪魔しまーす」
優香は声を殺したまま言って、部屋に入り、上下左右に首を動かし次郎の部屋を見渡した。
「まだ片付いてないですけど、空いてるところに適当に座ってください。すぐにケーキ出しますけど、飲み物は缶コーヒーくらいしかないですが、いいですか」
次郎は落ち着くことができず、部屋のなかをウロウロと歩いた。
優香は「うん」と言ってテーブルの前に腰を下ろし胡座をかいた。
次郎は冷蔵庫からケーキの入った箱と缶コーヒーを取り出し、「はい」と言ってテーブルの上に置いた。
優香は「ありがとね」と次郎に向けてニッと笑った。その笑顔も可愛かった。
次郎は「は、はい」と返事したあと俯いてしまった。興奮して彼女の顔をまともに見ることが出来なかった。
「フォークかなんかないの?」
優香が箱を開けてケーキを取り出した。
「あ、はい、そうですね、スプーンでもいいですか」
フォークはないが、どこかにスプーンならあったはずだ。まだ開けていない段ボールの中を探ってみた。
「次郎ちゃんも座って、いっしょに食べようやー」
「ちょ、ちょっと待ってください。今、スプーン探してますから」
段ボールの中からスプーンを見つけだして、さっと洗って彼女にひとつ渡した。
関急百貨店でこのケーキを買う時には、まさかそこの女子店員といっしょに、しかも自分の部屋で二人きりでケーキを食べることになろうとは夢にも思わなかった。次郎は興奮をおさえようと大きく息を吐いてから、スプーンを手にして優香の前に腰を下ろした。
「このマンションの住人の挨拶は、まだ終わってないの?」
優香がテーブルの上に置いてある残り一つになった髪袋の中のクッキーを覗きこんだ。
次郎はそこで大事なことを思い出した。この後、残りの一〇四号室に挨拶に行くつもりにしていた。優香とケーキを食べている場合ではなかった。
「そうだ、まだ一〇四号室の人の挨拶がまだだったんです。僕、今からちょっと行ってきます」
次郎は慌てて腰を上げた。
「今はいてへんで」
優香が言ってケーキを口に放り込んだ。
「はっ?」
次郎は優香の顔を見た。彼女は次郎を見上げて口をモグモグさせながら頷いた。それから缶コーヒーのプルトップをパチッと開けた。
「一〇四号室はね、原田太一くんっていう男の子が住んでんやけど、今はいてないわ」
「今はいないんですか」
「そう。太一くんは駅前の『ドンドン』っていう居酒屋で働いてるから、帰るのはいつも夜遅いね」
「そうですか。それなら、今行っても無駄ってことですね」
「だから、次郎ちゃん、ゆっくりしとき」
優香は次郎を見上げてニッと笑った。
「その一〇四号室の原田太一くんと君は仲がいいんですか」
「そうやね。太一くんとはこのマンションで一番仲良くしてるかな」
次郎はそれを聞いて、なぜか胸がモヤモヤとした。優香はその原田太一という男の部屋の一〇四号室にもこうして平気で入っているのだろうか。
「そいつの歳はいくつくらいですか?」
つい、原田太一のことを『そいつ』と言ってしまった。
「うーん、たしか二十三歳だったと思うけど、体がでかくて歳より老けて見えるけどね。もし今日会えなかったら明日にでも、『ドンドン』に行ってみたらいいよ。体がでかくて目立つから、すぐにわかると思う」
「二階に住む二人のことは知ってますか」
さっき散々な目に合った二人について訊いてみた。
「二〇三号室のろくろっ首と二〇四号室の無愛想なフランケンやろ」
優香はケーキにスプーンを刺しながらそう言った。
「ろくろっ首と無愛想なフランケンって、それなんですか」
「あたしが勝手にあだ名つけてんねん。ついでに太一くんはヌリカベ」
ろくろっ首とフランケンは失礼なあだ名だと思うが、確かにヒステリックな二〇三号室の女性は首が細くて長かったし三浦という男はがっちりした厳つい体をしていた。それなら、今、目の前で遠慮もなく他人のケーキを食べながら生意気な口をたたくこの女はわがままな猫娘だろうか。
「なぜ、原田君はヌリカベってあだ名になったわけですか」
「すごく体がデカイからね。それだけの単純な理由」
優香はスプーンを咥えたままニッと笑みを浮かべた。
次郎はこのあと自分にはどんなあだながつけられるのだろうかと気になった。
「二〇三号室の女の人は、ポストで名前を確認しましたけど、見市さんでいいんですか? さっき、本人に訊いたんですけど教えてもらえませんでした」
「そう。ろくろっ首の本名は見市麗子さん。あたしには、すごくいい人なんだけどね。太一くんも苦手って言ってた」
「さっき、僕のことを下着泥棒か痴漢と勘違いしたみたいで、ほんと散々でした」
次郎は箱のなかから、残っているフルーツたっぷりケーキゼリーを取り出した。
「勘違いじゃなくて、本当に下着でも盗もうとしてたんちゃうん?」
優香が次郎にスプーンを向けて笑みを浮かべた。
「失礼なこと言わないで下さい。神に誓ってそんなことしませんよ」
「そんなマジにならんでもええやん。冗談やん。ろくろっ首は男嫌いみたいやからね。男の人が近づいてくるのが耐えられへんみたい。めっちゃ美人やのにもったいないわ」
「あの人、男嫌いなんですか」
「太一くんも、ろくろっ首には避けられてるって言ってた。挨拶もしてくれへんし、いつもバイ菌でも見るような目で見られるんだって。麗子さん、あたしには普通に挨拶してくれるし話もするんだけどね」
「僕に対してもバイ菌でも見るような目をしてましたね」
「ろくろっ首は高校の教師だから、ちょっとお堅いんよね」
「あの人、高校の教師ですか。言われてみれば、そんな感じがしますね」
「東上学園高校ってとこだけど、次郎ちゃん知ってる?」
「ああ、頭のいいお嬢様学校ですよね。名前くらいは有名ですから知ってます」
「みたいだね。あたしはあんまり高校のこと知らんのよね」
「出身は地元じゃないんですか」
「地元だけど、頭のいい高校には縁がなかったし、興味なかったからね。うーん、やっぱり、これ美味しかったわ。次郎ちゃん、ありがと」
優香がフルーツたっぷりゼリーケーキを食べ終えて、次郎に向けて両手を合わせ笑みを浮かべた。
「そうですか、それはよかったです」
「ろくろっ首女史は、男の人は下手に近づかない方がいいみたいね。そうしとけば特に害はないよ。問題はフランケン。あれは厄介な気がするな」
優香が顔をしかめた。
「三浦さんのこと、よく知ってるんですか」
「ううん、知らない。挨拶しても無視されるからね。こんなに可愛いあたしにもこーんな感じの怖い目で睨んでくるし」
優香が目を細めて怖い顔を作って見せた。その顔も可愛い。
「そうなんですか。僕もさっき挨拶に行った時に面倒くさそうに怖い顔して睨まれました。挨拶なんて、さっさと終わらせろって感じでした」
「フランケンは、なんか怪しいよ。犯罪のにおいがプンプンする。あたしね、フランケンは指名手配犯じゃないかなと思ってんの。人と顔を合わすのを絶対に避けてるからね」
「言われてみれば、僕と顔を合わせようとしませんでした。それに部屋の中を僕に見られないようにしていました」
「フランケンはこっちの部屋でしょ」
優香が人差し指で三浦の部屋側を差した。
「そうです」
「たまーに、あたしの部屋の天井から変な物音が聞こえてくるんだよねー。たぶん、フランケンの部屋からやと思うねん」
優香は三浦の部屋側の壁に近づき、壁に耳を当てた。
「変な音ですか」
優香が「シッ」と言って、壁に耳をあてたまま口の前で人差し指を立て目を閉じた。次郎は「はい」と言って右手で口を塞いだ。
優香はしばらく壁に耳を当てたまま黙って目を閉じていた。部屋が静まり返り冷蔵庫のモーター音が部屋に響いた。
次郎は優香の横顔をじっと見つめているうちに鼓動が激しくなった。整った長い睫毛に肉薄の鼻梁、薄くて淡いピンク色をした唇、やはりこうして見ると可愛い。次郎は優香の頬に顔を近づけていった。
次郎は息を殺し、優香の頬まで三十センチくらいの位置まで自分の顔を近づけた。それでも優香は壁に耳を当てたままじっと目を閉じていた。優香きらいい匂いがした。次郎はもう我慢できなくなった。優香の頬に触れたい、キスしたいと思った。次郎の鼻息は荒くなった。
「フゥン、フゥン」
その鼻息で優香が大きな目をぱっと開けた。
次郎と優香の目が間近で合って見つめ合う形になった。次郎はそこでまた「フゥーン」と一段と大きな鼻息をたてた。
「うわっ、顔でか」
優香が大きな声を発して、後ろにのけ反った。次郎は優香の声にビックリして尻餅をついた。
「な、なにか聞こえましたか」
次郎は尻餅をついたまま慌てて訊いた。
「なーんにも聞こえへん。それより、次郎ちゃん、今、あたしに変なことしようとしてたんちゃうか? すんごい顔近かったし鼻息もめっちゃ荒かったよ」
優香が目を細くして次郎を横目で睨んだ。
「ち、ちがいます。僕も壁に耳を当てて三浦さんの部屋の物音を聞いてみようとしただけです」
「そうかな」
優香は疑いの目で次郎を見た。
「そ、そうですよ」
「それにしても、次郎ちゃん、近くで見ると顔でかいね。子泣きじじいみたい。これから次郎ちゃんのこと、エロい子泣きじじいでエロ子泣きって呼ぼうかな」
「そんな変なあだなはやめてください。僕はエロじゃないです」
「そうかな。さっきの顔はなかなかエロかったよ」
「別にエロい顔なんてしてません」
次郎は顔が熱くなった。
「いやいや、そこそこというか、めっちゃエロかったで。あたし犯されるか思たもん」
「君みたいな子供に興味はありません」
「あっそ。ろくろっ首みたいな大人の女の方がええんかな」
優香がすねたように口を尖らせた。
「それも絶対にないです。これからあの人と顔合わせるだけで、怒られそうで緊張しそうなのに」
「ろくろっ首は綺麗な顔してるし魅力的やで。化粧もせんと暗ーい表情してるから、あれやけど、眼鏡はずして化粧したら、男は放っておかんと思うけどな」
「確かにスラッとして、スタイルはよかったですね」
次郎が宙に視線を向けて、頭の中に見市麗子の全身を思い浮かべた。
「あー、やっぱりエロ子泣きや。引っ越しの挨拶やいいながら、ろくろっ首の体ばっかり見てたんやろ。うわー、クソッ、妬けるなー。ろくろっ首に引っ越してきた瀬川次郎っちゅう男は、エロい目で麗子さんの体ばっかり見てるから気ィつけるように言うとかなあかんわ」
「バ、バカ。そ、そんなこと絶対に言わないでください」
「じゃあ、絶対にろくろっ首と浮気せえへん?」
優香があまえるような声を出して次郎を見つめた。
「う、浮気って、ど、どういう意味ですか。も、もしかして、ぼ、僕たちは……」
次郎はそこで生唾をゴクリと呑み込んでから、次の言葉を発しようとした。
「次郎ちゃんって必死になるからおもろいな。おちょくり甲斐があるわ」
優香が次郎の言葉を遮って手を叩いて笑った。
「えっ、なに笑ってるんですか」
「浮気なんて冗談に決まってるやん。なに本気にしてんねん」
優香が腹を抱えた。
「もう、いい加減にしてください」
冗談と聞いて少しショックを受けた。
「ごめんごめん。これ以上おちょくると、次郎ちゃんマジで怒り出しそうやからやめとくわ。そろそろ帰るけど、これからもよろしくね。ケーキごちそうさまでした」
優香は立ち上がった。
「あ、ああ。そ、そうですか。もう帰るんですか」
次郎は優香がこのまま帰ってしまうことに少し未練を感じながら立ち上がった。
「また店に買いにきてな。その時は、今日みたいにあたしの分も買っといてや」
優香はそう言ってドアへと向かった。
「今日は別に君のために買っておいたわけじゃありません」
ドアに向かう優香の背中に向けて言った。
「あっ、そうだ」
優香がドアの前で振り向いて手を合わせた。黒目勝ちな大きな目で次郎を見つめた。
「な、なんですか」
次郎は優香が何を言い出すのか期待した。
「次郎ちゃん、明日の七時頃、時間あいてる?」
「七時ですか」
「そう、午後の七時。明日は仕事何時まで」
「明日は残業がなければ六時にはあがれますけど」
もしかしてこれはデートの誘いではないか。
「じゃあ、明日、太一くんの働く居酒屋に行ってみいひん? ケーキのお礼に太一くんを紹介してあげるわ。もちろん飲み代は次郎ちゃんのおごりやけど」
優香はそう言ってニターと笑った。
ケーキのお礼といいながらこっちがおごるのかよと思ったが、原田太一にも早く会っておきたかったし、生意気な小娘だけどやっぱり優香の顔は可愛いし、女性と二人っきりで飲みに行くのははじめてのことなので、お願いすることにした。
「じゃあ、明日、駅前に七時前に来て。それから次郎ちゃんの連絡先教えてくれる」
優香と携帯の番号を交換して、優香は帰って行った。部屋には微かに優香のいい匂いが残っていて、次郎は思いっきりそれを吸い込んだ。
引っ越しの初日は、この先このマンションで何かが起こる予感がたっぷりする一日だった。