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塔の町で君と  作者: 九木圭人
二人で映画を
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二人で映画を4

「確かに面影ありますね」

 映画の中でここが出てきたのは確か二回。探偵と助手を狙撃したスナイパーを主人公が捕捉して追いかけ、膝の皿を撃ち抜いて尋問した挙句投げ落として殺すシーンと、ラストのヒロインとのキスシーン。とんでもない温度差のシーンを同じ場所で撮影している。

「背景はCGだけど、あのシーンの撮影はここでロケして撮ったらしいよ」

 そう言いながら、劇中のように丸太を模した太い手すりに体を預けてライフルを構えるようなポーズをとる先輩。映画ではその視線の延長線上に舞台となる八宝館があったが、実際に見えるのは川見台と反対側の山と、それらとの間に横たわっている川見丸橋の町。そして川見台の麓にそびえ立つ、普段よりしっかりと頂上まで見える宇宙塔だ。


「ああ、確かにそれっぽい」

 先輩の横に立ってその景色を一望する。

 よく知っている町だと思っていたが、思っていたよりも北部は民家が少なくて田畑や工場が目立っていたり、月嶽温泉ラインがずっと真っすぐ走っているのが分かったり、上から見ると新しい発見もある。

 ゆっくりと流れていく雲の影でまだらになった町。ちょうど真ん中辺りで東西に横切っている高速道路を走る車両がまさしく映画のセットのように左右から現れては消えていく。


 そんな風景を考えながら吹き上げてくるそよ風を浴びていると、不意に先輩の声が風の音に混じった。

「ね、映画のシーン再現してみよう?」

「はっ?」

 思わず振り返って聞き返すと、向こうはどうやら既にその気なのだという事を――思ったより近かった――先輩の、じっとこちらを見る熱っぽい目で知った。


「いや、再現って――」

「私西郷やるね」

 西郷=映画の主人公の名。

 思い出されるのは、まだそう呼ぶには真新しい記憶。

 男女が並んで、あの映画の再現。

「いや、えっ――」

「確かこうやって――」

 先輩がぐっと近まる。ほんのりチョコの甘い香り。

 その正体が彼女の吐息であると分かった時、俺は自分が硬直するのを感じた。


「あっ――」

 妙な声というか音が口から洩れる。

 どういう感情なのかは自分でも分からない。より正確に言えば説明が出来ない。

 先輩は更にぐっと近づく。バスの中で感じた香り。

 先輩の左手が腰に回される。ひんやりした柔らかな手。

「……ッ!!」

 じっと俺を見る先輩。雪のような肌、濡羽色の髪、切れ長の目、琥珀色の瞳。

 つう、と彼女の右手の爪が俺の膝に触れた。

「バァン」

 右手人差し指で俺の左膝を指しながら、先輩はいたずらっぽく笑った。

 そしてその一言が合図だったように、俺の硬直は解除される。


「そっち……?」

「おや~?どっちを期待していたのかな~?」

 その緊張緩和が吐き出した正直な声はしっかりと聴きとられていた。

 そして俺が何とか挽回しようと――頭のどこかでそれを試みれば却って格好がつかないと直感しているそれを何とか形にしようとしているのを遮って、先輩は噴き出した。


「アッハハハハハハ!!」

 手すりをバシバシ叩きながら、痛快そうに腰を折って笑う。

 子供っぽい――そう言おうとしてすぐに頓挫する。今更何を言ってもどうにもならないし、そっちの方が余程子供っぽく見えるだろう。

 それに不思議なものだが、怒ろうにも腹が立たない。

「ふっ……」

 自分でも笑うしかない。

 先輩の楽しそうな姿は、何か反論する気も、怒る気も失せさせる。

「ハハハハ……」

 しょうがねえな――そう見える事を願いながら俺も笑う。

 こいつは一本取られたという余裕を見せられることを狙って。


 そうやってひとしきり笑いあい、それから改めて先輩が俺を見た。

「いやいや、ごめんごめん」

 まだ若干笑いを引きずっているような調子で、しかしそう言って頭を下げる先輩。

 気にしないでください――その言葉が喉まで出かかったところで耳に入って来た声が、それを急遽差し止めた。

「そりゃ年頃の男の子がデートでそんな事言われたらね」

 ――今何て言った?

 聞き間違いではない。

 彼女はしっかりと、はっきりと口にした。デートだと。


「デート……ですか」

 思わず聞き返す。それが口を出ていたと知るのは自分のその声を聞いてからだったが。

「えっ、私はそのつもりだったけど」

 先輩は何でもないように続ける。

 デート。今まで俺が何とかそうではないと屁理屈をこねくり回していたその一言を、先輩はあっさりと認めた。


「……いいんすか?デートで」

 デートを俺に置き換えたって、多分国語のテストなら同じ回答で丸を貰える。

 そして今回貰えたのは、テストの丸の代わりに先輩の頷き。

「刑部君が良ければ、また付き合ってくれる?」

 これが大人の余裕というものか。

 メールからずっと悩み続けた俺は何だったのか。


「……はい、勿論です」

 だが、そんな疑問すべて棚上げだ。

 先輩は認めた。はっきりと明言した。

 それが不思議なほどに、俺の心を軽くした。

 一体何であんなことで悩んでいたのか。全くアホらしい。


 そうだ、デートだ。これはデートだ。文句あるか。

 俺は先輩とデートしたぞ。

 もう一度町の方を振り返る。

 きっとあそこにあの三年生たちや、クラスの連中やタナちゃんがいるのだ。

 あと少しで、俺はそいつらの町に叫んでしまいそうだった。

 もし聞くなら聞け。からかうならからかえ。

 俺と先輩はデートしたぞ。


「……フフッ」

 もう一度、小さく笑いが漏れた。

 眼下に広がる街並みが、午後の日差しの中で輝いて見えた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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