二人で映画を3
「面白かったね」
ロビーに戻って来てから、先輩は言った。
行き道のはしゃいだ様子ではなく、本当に満足したような、感嘆のような声。
「そうですね」
同意しながら、何でこの映画に男性客が多いのかが分かった気がしていた。
先に出ていた男性客二人組の話を耳に入れながら出口に向かう。何でも、銃器の扱いや戦闘シーンのリアルさが邦画とは思えない程の完成度なのだとか。
俺はその手の事に詳しくはないが、それでも彼らの言っている事は何となくわかった。
なんというか、作り物感がないのだ。俳優がモデルガンを持って演技しているのではなく、本当に軍人が実銃を使った戦闘中の映像をそのまま使っているのではないかと思うほどに手慣れていて、手足のように武器を扱っている。
「ん?どうかした?」
「いや……、本当に楽しめました?」
それであるが故に、先輩は本当に楽しめたのかが分からなかった。
内容が内容だけに女の人が喜ぶ映画には思えない。所謂イケメン俳優やアイドルが出てくる映画でもなかったのだ。
「面白かったよ。なんで?」
だがそう答える彼女は嘘をついているようには思えない。
ならばまあ、いいのだろう。
「あ、そうだ!」
「えっ?」
映画館を出てすぐ、先輩は俺の方を振り向いた。
「この近くに映画でロケに使われた場所があるんだよ!せっかくだし聖地巡礼っていうの、行こう!」
まだまだ昼過ぎだ。時間はある。
俺が返事をするのとほぼ同時に、先輩は踵を返して歩き始めた。
「こっち!」
二人で並んで川見台の街並みを歩いていく。
こっちの方に来たのは久しぶりだ。下手すると小学生のころ以来かもしれない。
「やっぱり大きな家が多いよねぇ」
先輩が感心したように俺の頭の中をそのまま声に出した。
この川見台は、川見丸橋では文字通りの山の手に属する。庭付きの古い一戸建てや、デザイナーズ住宅というのだろうか、オシャレな外観の真新しい一戸建てが並び、まるで家の一部のように駐車場に高級車が停まっている。
絵にかいたような高級住宅地に何となく居心地の悪さというか落ち着かないと思ってしまうのは、俺がそういう世界と無縁だからだろうか。
やがてそうした地区を抜けて、もう少し俺たちの生活レベルに近づいた辺りに出ると、先輩が再び何かを見つけたようだ。
「あっ、見て見て!」
そこは所謂古民家カフェと呼ばれるようなお店だ。
先程の辺りよりも若い人間の姿も多くなっていて、やはりそれまでの地区とは微妙に性格が異なる。
その一角にある古民家カフェの前に置かれた黒板と、その奥のショーケースに先輩の目が向いている。
「釜だしチョコプリンだって!美味しそう」
弾んだ声。指し示す指。行き道に戻ったような子供みたいなテンション。
「寄っていきます?」
その指先に展示されている、牧場の牛乳入れる金属の容器みたいなカップの中に見える薄茶色の表面に目を向けながら尋ねる。見えなくても表情は何となく分かるし、これを無視して先に進むことは出来ないという事も予想はつく。
そして勿論、その提案が断られることはなかった。
通された席でメニューを開く。土地柄か店の方針か、この前の店より値段はお高め。
「……よし」
鏡写しのように同じメニューを開いている先輩の、何かを決心するような声がメニューの向こうから聞こえた。
「私が誘ったんだし……」
小さく続いたその呟きも、また。
「今度は俺出しますよ」
「えっ、いやいや。そんな事気にしなくていいよ」
「でも、さっきの映画も出してもらったんだし」
そこで小さく咳ばらいを一つする先輩。
自分に二つの目が注目している事を確認すると、授業でもするかのような口調で語り出した。
「いいかい?私にも先輩の威厳ってものがだね……」
「プリン見つけた時の姿見せられてそれ言われても……」
威厳云々言い出した時の態度からして、恐らく本気ではない――その直感は当たった。
「ぐっ……言うじゃないか」
そんな風に言いながら、先輩は自分の財布を再度確認。
それからもう一度俺の方に目を戻した。
「まあ、そういう事ならお願いしちゃおうかな」
これで話は済んだ――そう判断したのか、先輩はプリンを注文したのだった。
しばらくしてやって来たのは、ショーケースの中と同じ、牛乳容器の相似形をした銀色の容器に入ったプリン。
「頂きます」
カラメルの部分には代わりにチョコムースが使われたそれにスプーンを入れると、ほとんど抵抗なく中に沈み込み、表層の直下の部分も一緒に掬い上げる事が出来た。
チョコムースと、それより色の濃い本体の部分を同時に口へ。喉が渇くほどに濃いチョコの味わいが一瞬で口の中に広がり、鼻腔を逆流していくような錯覚を覚える。
「ん~~」
恐らく先輩も似たような感覚を味わっているのだろう。満足げな唸り声をあげてもう一口をすくい上げている。
俺はと言えば、余りにチョコが強くてお冷で中和しながらスプーンを進めることになっていた。甘味に対する感想は人それぞれなのだろうが、俺にとってこれはお茶請けだ。先輩のように単体でパクパク進むものではない。
コーヒーでも注文しようか――そう考えて一瞬コルクボードに貼りだされているメニューを見るがやめた。流石に予算の問題がある。定食位の値段がするコーヒーを追加するのには二の足を踏む程度の持ち合わせしかない。
「「ごちそうさまでした」」
口の中にへばりつくような気がするチョコをお冷で流し込んでからお会計へ。
テイクアウトも出来ることを知った先輩は両親の分と合わせて三つお買い上げ。
「保冷剤お付けしておきますが、お帰りになりましたら冷蔵庫で保管してください」
店員さんからそう言われて受け取ったその箱を提げて、満足げに店を出る先輩。
「いやいや、いいお土産が出来たねぇ!」
「家族分……っていうか、もう一個食べるんですね」
別に嫌いではないのに今食べた一つで十分というか、当分チョコは要らないと思ってしまう俺にはいまいち分からない感覚だが、当の本人はちょっとした新種の生物を見るような俺の目にも気づいた様子はなく、得意げに胸を張った。
「うちは皆して甘党だからね。きっと喜ぶ」
「そうっすか」
素っ気ないと思われそうな声が出て、思わず何か続けようと言葉を探す。
だが、丁度いい続きが出てくるより前に、特に気にしていない彼女の方の続きが発せられた。
「ああ、気にしなくても大丈夫だよ。カロリー的には……うん、まあ多分大丈夫だ」
そう思いたいのだろう。だからこれ以上この話題を引っ張るべきではない。俺にもその辺の分別位はつく。
それが正解だ――その答え合わせのように先輩自身が話題を打ち切った。
「さて、寄り道終了!もう少しで着くぞ」
そう言って先程までの道を再度歩き始める。
道沿いにしばらく進んで、信号もない交差点を左折。それからすぐに見えた公園が、件の聖地だった。
「ホラ!アレアレ!映画に出てきたところ!」
公園入口の車止めの辺りからも分かる奥の展望台のような辺りを指さしながら、先輩は軽やかに車止めを躱して中へ。
公園と言っても先輩と再会した時のような遊具のあるそれではなく、芝生の広がる広場といった様子で、ここが川見台=旧丸橋市の辺りを一望できる場所にあるのだとしっかり認識させるその展望台の向こうには、ミニチュアみたいに町広がり、そのミニチュアを南北に縦断する丸橋川が、太陽光で光の線となっている。
その展望台=斜面に張り出した石垣の上に設けられたスペースに到着すると、成程確かに先程見た覚えがある場所だ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に