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塔の町で君と  作者: 九木圭人
二人で映画を
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二人で映画を1

 そして、日曜の朝。

 俺は奇妙な気持ちで家を出た。

 家族には友達と出かけるとだけ伝えてある。間違いではない。いや、厳密に言えば友達ではないのだが、まあちょっとした間違いの範疇だろう。


 そうだ。友達と大して変わらないはずだ。

 自分自身にそう言い聞かせながら待ち合わせ場所となっている駅へと脚を動かす。


「……」

 自分で思うほど周りは自分を見ていない――冷静であればすぐに分かるそれですら、今の俺の本能的な部分は受け入れない。

「……」

 約束の時間まではあと少し。

 辿り着きたいのか、着きたくないのか――自分でもよく分からないが、その答えは今や限りなく曖昧だ。

 この機種に変えてから今までで最も多く確認したメールを、もう一度開く。

 昨日一日、俺は自分の結論が正しいのか分からなかった――そんな状態故に授業が上の空だったのは言うまでもない。

 メールを返信した時の頭の中=行くべきか、行かざるべきかの二択が、時を超えてずっと俺に問われ続けていて、その度に俺は返信時と同じ結論で黙らせ続けた。


 断りたい理由:誰かに見られて騒がれたくない。


 自分の心を可能な限り冷静に分析すれば、断る理由などそれしかない。

 別に先輩が嫌いな訳でも、映画が嫌いな訳でも、何か用事が他にある訳でもないのだ。

 つまり、それが解決すれば断る理由はないという事。


「ただの先輩後輩だ」

 湧き上がって来た疑問に、いつ使うのか分からない予行演習を口の中で唱える――昨日一日そうしていたように。

 そうこうしながら約束の改札口前、相手の姿を視認するのはほぼ同時。

「よう刑部君」

 手を挙げてこっちを招く先輩。

 時計を見ると、迷いが足に出たのか集合時間にほぼぴったりぐらいだった。

「すいません!お待たせしました」

 小走りで彼女の方に駆けていくのは、三歩以上駆け足という先輩と出会った頃に叩き込まれた習い性だった。


「私もついさっきついたところだよ」

 そう言ってフォローしてくれた先輩に改めて目をやる。

 ジーンズに無地の半そでシャツ、その中間の細い腰には腰巻のようにパーカーを巻いていて、真っ白なシャツの上に流れる艶やかな黒髪がコントラストとなってよく映えている。

 袖口から覗く肌は雪のように白くて、朝の太陽を受けるとまるで光っているように思える。

 そしてその光は首から上でも同じだった。

 雪のような肌に涼やかな黒い瞳、そして柔らかく迎えてくれた笑顔。

 後光が差しているように見えるのは、立っている位置の関係だけなのだろうかと一瞬疑うほどに――。


「……?どうかした?」

「ッ!いえ!」

 思わず見とれていた――とは言えず、誤魔化して辺りを見る。

 日曜の朝というだけあって、改札もバスロータリーも普段に比べればそれなりの人がいる。

 そしてその中には、これまた日曜日だからか、俺たちと同じような男女が、俺たちよりも遥かに人目も距離も気にせずにいるのもいくつか見受けられた。


 よぎる疑念=誰かに見られたら?


 カメラのフォーカスが合うように、その可能性の解像度が急激に増していく。

 付き合っていると思われる=あれらと同じように思われる。

 つまり、俺と先輩とが――。


「どうしたの?」

 その視界に先輩が入り込む。

 ああそうか、昔は見上げていたのに、今は同じぐらいの背丈なのか――いやそんな事を言っている場合ではない。

 改めて視線を先輩に戻すのと同時に、今度は彼女が俺の後ろに目をやっていた。

「あっ、バス来た!」

「えっ?」

 多分、乗るはずだったバスの一本前の便だろう。

 脳みそが至ったその結論を、出し抜けに手を包んだ柔らかな感触が吹き飛ばす。


「あっ」

「ほら行こっ!せっかくだしあれに乗って」

 先輩の手が、白魚のような――実際にそれがどういうものかは知らないが、多分表現するならそれが適切なのだろう――指が、俺の手を掴んでいる。

 引っ張る力はその細腕に相応しくて、多分踏ん張ろうとすれば簡単にできるのだろうが、それだけではない途轍もなく大きな力が、俺の足を先輩の動きに合わせて走らせていた。


 日曜日のこの時間、目指す映画館方面に向かうバスは2路線あるが、どちらも本数は少ない。

 本来予定していたのは、慎重を期して今まさにロータリーで待機している路線のものとは別の、この後に来る方なのだが、早くバスに乗れることに越したことはない。

「へへっ、今日はラッキーだね」

 俺たち以外誰もいない誰も乗客のいないバスのやや後方、二人掛けのシートの窓側に先輩。

「そ、そうっすね……」

 空いている通路側に俺が座る。

 先輩がシートをポンポンと叩いて促しているのにそれを否定することは出来ない。


「……」

 腰を下ろして、それから窓ガラスがスモークシールドではないという事に初めて気が付く。

 そして今俺たちはバスロータリーに停車しているバスの中にいるという事も、今更に。

 つまり、見ようと思えばどこからでも今の状態を見ることができるという、その一点を、腰を下ろして初めて気づいたのだ。

 そしてバスというものの性質上、誰かが乗り込んで来たら一切逃げ場がないという事も、腰の曲がった婆さんが一人、杖を突きながらえっちらおっちらシルバーシートに腰を下ろしたところで実感した。

 やがて軽い警笛と共に扉が閉まり、独特のエンジン音と共にバスが動き出した時には、俺は発車までの数分間がこの世のあらゆる数分間より長く感じたのだった。


 この町で映画を見ようとする場合、選択肢は二つ。

 一つは町を東西に横断する高速道路の料金所近くに位置するショッピングモール併設のシネコン。もう一つは川見台に古くからある映画館。

 どちらがより人気なのかは言うまでもない。

 そして俺たちが向かうのは、そのうちの後者だ。

 さっきの婆さん以外には俺たちしか乗っていないバスは、駅を離れて川見台方面の緩やかな上り坂を進んでいく。


「……ッ」

 ぴたりと隣合わさったことで、衣服越しにでも伝わる先輩の体温。

 僅かに開いた車窓から車の動きに合わせて流れ込んでくる微風にのって鼻腔をくすぐる、ほのかに甘いようないい匂い。

 バスが揺れる度に、それらが俺の理性すらも大きく揺さぶっていた。

 何とかして意識をそれ以外に向けようとする。

 バスの中の広告、進行方向の道路状況、反対側の車窓に流れていく景色――自分の右側、僅かに重ね合わさっている世界に集中してしまうとまずい。

 だが、先輩から目を逸らし続けるのも恐らく好ましくないのだろう、同行者が一切自分の方に顔を向けないというのは、多分いい気持ちはしない。


「……」

 その微妙な匙加減に悩んでいた時、救いの手のように反対側の車窓に現れたのは、いつもの帰り道に現れる宇宙塔だった。

 この難しい状況を解決する救い主――そう主張するように、いつもの帰り道に見えるよりも近く、その巨大さをしっかりとアピールするように。

「宇宙塔……」

「え、なに?」

 思わず口をついたその声は、聴きつけた先輩の頭が俺に接近する理由となった。


「あれですよ。あのでっかいの」

 先程からかすかに鼻腔をくすぐっていた匂いを目の前から感じながら、平静を精一杯装った声で応じる。

「昔、仲間内であれのことをそう呼んでいたんですよ」

「ふーん」

 すっと、先輩が身を退く。

「ま、まあ、アレが本当は何なのかは分からないんですけどね」

 平静を装うために継ぎ足した言葉。

 もし俺が人を殺していればすぐにぼろを出すと明確に示している付け足し感丸出しの付け足し。


「ああ、あれ?」

 そしてそれに対し、先輩は特に気にする様子もなくあっさりと教えてくれた。

「あれ煙突だよ」

「え?」

 図らずとも、小学生時代から謎だった代物の正体が判明してしまった。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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