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塔の町で君と  作者: 九木圭人
塔の町で君と
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塔の町で君と2

「よしっ、それじゃ行こう!」

「はい!」

 切り替えるように音頭をとる先輩に続いて、俺も宇宙塔方面のバスへと乗り込む。

 流石に他の乗客もいるが、満員という訳ではない。


「はい、発車します」

 二人でつり革につかまって、後ろに流れていく景色を目に焼き付ける。

 ごく普通の、慣れ親しんだ町の姿。変わり映えのしない、いつもの川見丸橋の姿。

 だが、それでも一秒も無駄にしない。隣に先輩がいて、一緒にその光景を見ているのだから。


「あなた学生さん?」

「えっ?」

 不意に、こちらを見上げていた知らない婆さんに声を掛けられる。

 ――ああ、やはり来たか。

「そうです」

「学校は?」

 うるせえなババア――当然そんな事は言わない。この程度の質問は想定済みだ。

「朝から腹の具合悪くて、病院に行くところです」

 宇宙塔の最寄りのバス停からほど近い場所に古い病院が一軒ある。古いとはいえ、若い人間もいるのだ――実際、去年そこにかかって知った。その時の診察券をリアリティのために財布に入れているのだから、間違いない。


「ああ、そうだったの」

 婆さんはそれで信じてくれた。

 幸いなことに、その婆さんはそのすぐ次の停留所で降りて行った。

 彼女の背中を見送って、一度はバスの中を見回す。

 まるでバスジャック犯の気分だ。幸い他に抵抗する人質はいない。

 それからしばらくバスに揺られ、いくつかの停留所で乗客が降りていく。


「あっ、見えてきた」

 先輩の弾んだ言葉。窓の外に朝日を受けて煌めく宇宙塔が、今日もしっかりとそびえ立っている。

 車窓の上限に軽く見切れているそれが、今日の俺たちの目的地だ。

「中坂前、中坂前、安全安心の地域密着医療、飯島クリニックへはこちらが便利です」

 やがてその最寄りへと到着したバスから降りる。

 他に降りた客はいない。大分少なくなった乗客を乗せたまま次へと向かうバスを見送って、俺たち具合の悪い学生さん+1は、行くと伝えた病院とは反対方向に歩き出した。


 宇宙塔はバス停から少し歩いた場所にある。元々ゴミ処理場の煙突だったという話だが、その割に周囲には住宅が密集している。川見台の家に煙を浴びせないように高くしていった結果が宇宙塔だと聞いたが、これだけ周りに纏わりつくように建物が並んでいると、その努力も水の泡なように思える。

 もっとも、真新しい所を見るとゴミ処理場がなくなってから建てられたものなのだろう。現に、余りに距離が近すぎる=本来なら処理場の敷地内と思われる場所にも民家が並んでいるところを見るに多分その推測は正しい。


 その家々の間を縫って目的地へ。

「ここが……」

 思えばちゃんと間近で見たのは初めてかもしれない。

 遠くから見るといつも記憶の中と変わらない姿だった宇宙塔だが、こうして足元に来てみると結構外壁がはがれていたり、滴るような錆が随所に目立っていて、話に聞いた通り入口にこれと言った侵入防止策が成されていない――あくまでポーズのようにカラーコーンと危険という張り紙だけがされているだけだが、そのみすぼらしい姿が登ろうとする人間への無言の抑止力となっているようだ。これで本当に定期補修などやっているのだろうか。


「結構ボロっすね」

「近くで見るとね」

 同じ感想を抱いたようだが、それでも先輩は止まらない。

 道路を横断する様に左右を確認すると素早く敷地内に入り込み、俺を手で招く。

「大丈夫。定期補修は終わったはずだから」

 そう言って入口を指し示す先輩。ほんの一瞬だけ、俺の中の理性が息を吹き返し、良心の手を借りて足を停めさせようとする。

 だが、それより遥かに強い欲求と意思が足を先輩の方へと進めていく。

「本当に大丈夫ですか?体の方は」

「うん。今日はすごく調子いいから」

 俺が最後に気にしたのはそれだった。

 そしてその最後の懸念事項は今解決した。

 なら、俺のするべきことは一つだけだ。


「結構広いんだね」

 俺に続いて入口をくぐった先輩が、目の前の空間を見回して呟いた。

 宇宙塔の内部は巨大な三角柱の空間が空に向かって伸びていた。正面には三角柱の中心軸のようになっているエレベーターが設置されているが、当然電気は来ていない。

 そのエレベーターから見て90度左の壁際、グレーチングの蓋を流用したような格子状の踏板で構成された階段が上に向かって伸びている。

 暗さに慣れた目でその階段を見上げると、壁際に沿うようにして一番上まで続いているようで、一定間隔で設けられている格子状の床をその階段でつないでいる。

 一番上は見えないが、高さは昨日調べたところによれば150mだか160mだかだった。簡単な道のりではないが333mある東京タワーだって歩いて上る人がいるのだし、定期補修の業者はこの階段を登って作業していたはずだ。多分俺だって出来ないはずはない。

 ――勿論、先輩の体調には細心の注意を払う必要はあるだろう。


「それじゃ、登りましょうか」

「よし、行こう!」

 登り始めると、俺たちの足音は意外なほど響かず、金属製のそれはほとんど揺れる事もなく侵入者たちを受け入れてくれていた。

 そして電気が来ていないはずなのにある程度の明るさが維持されている理由も、壁にいくつかある通気口のような正方形の穴によって説明された。とはいえ当然それだけでは十分な光量を確保できないので、東京にいた時に父がどこかで貰って来たキャンプ用ランタンを取り出す。電池式で、一晩持つようになっているこれなら、往復でも十分の明かりとなるだろう。


「おっ、高校生っぽい」

 そのランタンを付属のストラップで鞄の取っ手に巻き付け、ほぼ空になった鞄に両腕を通してリュックの様に背負うと、先輩からそんな声が上がった。

「ぽいって……現役です」

 というか、先輩の高校生のイメージがこれなのはイマイチよく分からない。


 壁に沿って階段を上り、踊り場で折り返してまた上って、また踊り場で折り返す。どうやら普通の家屋や建物の一階の高さとは異なるようで、二枚目の床という意味での二階に到着するまでに、普段の感覚では三階以上の高さまで登れるぐらいに歩かされた。

「この時点で結構高いね……」

「ですね……」

 足元に見える先程までいた一階を見下ろしながら先輩が言うのに、息をつきながら答えつつ上を見上げる。まだまだ頂上は見えない。

「まあ、ゆっくり行きましょう」

 頂上は見えないが、一定間隔で同じような足場は見えている。疲れたらそこで休憩しながら歩いたらいい。


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません

今日はここまで

続きは本日19~20時頃投稿予定です。

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