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塔の町で君と  作者: 九木圭人
お久しぶり
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お久しぶり2

「工事中……?」

 その封鎖された階段横の看板の、どんな馬鹿でも読めるように大書された三文字を馬鹿みたいに声に出して読む。

 新たな発見だった。普段通らないと家から十分ほどの距離の事さえ分からない。


「まあ仕方ないか」

 ならば迂回するしかない。

 頭の中で地図を広げる。横断歩道はしばらく先まで歩かないと無いから、それを渡ってから戻る形になる。交通違反をしようとも一瞬考えたが、ただの自殺にしかならない交通量にすぐ諦める。

「……やっぱ、東京だな」

 東京での家の近く、少し歩けば大通りでも信号付き横断歩道に当たる道路を思い出して八つ当たり的な感想をぼそりと漏らしながら、俺は再び遠くに見える信号機を目指して歩き始めた。

 結局、大回りして横断歩道を渡り、それまで歩いてきた道を対岸に見ながら戻る。

 そうしているうちに通りかかった小道の方から、大通りに入る車が出てきて足を止め、その車が来たその小道の方を見た。


「あれ、ここ……」

 記憶が戻って来る。

 小学生の頃、タナちゃんや他の友達とよく集まっていた公園のある通りだ。

「ああ、ここか」

 おかしな話だが、当時の俺にはいつも遊んでいる公園にこういうルートで行かれることは分からなかった。

 学校帰りに寄り道する時も、歩道橋を渡ってすぐの小道から入り、公園にも反対側の入口から入っていたのだ。


「……」

 ふと、思い出す。

 こちら側の道に行く唯一の理由だった場所はまだあるのだろうか。

 あの頃は何も思わなかった、実は全国的に貴重な存在になっている昔ながらの駄菓子屋は。

 道はあの頃の記憶よりだいぶ狭く、通りの入り口には一方通行の標識も出ていた。

 その道を一分ほど歩けば、懐かしの公園と、その向かい側にある駄菓子屋。懐かしい看板が見えてきて、俺は妙にはしゃいでいる自分に気づいた。

 今でも駄菓子屋に喜ぶ?いや、そういう感情ではない。

 これは宇宙塔を見た時と同じ気持ちだ。何もかもが自分の記憶とは変わってしまったこの町の中で、俺の知っている姿のままの数少ない例外。まるで昔の知り合いに会ったような気持ち。


 その気持ちは、錆びだらけのシャッターがしっかりと閉まったままの店の姿を見た時までは維持されていた。


「……」

 閉じられて久しいと一目でわかる程のそれが、俺を現実に引き戻す。

 かつては置かれていたアイスクリームの冷凍庫も、100円握りしめて通ったガチャガチャも、全て懐かしい気持ちと共にこのシャッターの向こうに永遠に消えてしまった。


「四年ぐらい前に閉店したよ」

 背後からの声に反射的に振り返る。

「えっと……」

 面識のない女性が一人、公園の入口に立っていた。

 二十代前半ぐらい。白いワンピースの上に薄手のグリーンのブラウス。風にさらさらと揺れる癖のない黒髪は背中まで伸びていて、夕暮れの光を受けて薄っすらと光っているようにも思える。

 切れ長の目、琥珀色の瞳、俺を見るそれが懐かしそうに微笑む。


 綺麗な人。正直な感想だった。

 だがそれ故に、俺の中に思い当たる人はいない。


「刑部君……だよね?」

 記憶にないこの人はしかし、記憶の中の声を確かに発していた。

 その声の主の記憶の中の姿が頭の中に浮かび上がる。目の前の女性とその記憶とを照らし合わせる。

 その声と記憶中の姿との照合を経て初めて、俺は答えを出した。

朝倉(あさくら)……先輩ですか?」

 その答えが正しかったのか否かは、彼女がぱっと笑顔になったことが表していた。


 俺がまだ小学生の頃、この町にあった小さな剣道教室に通っていた。

 別に本気でやっていた訳ではないし、特別上手くもなかった。

 ただ月謝が安くて、礼儀作法が身につくという触れ込みのチラシを母親が見つけたのと、中学生まで続けていた従兄が防具を持っていた事、そして体験に参加した当時小学3年生の俺が、そこにいたクラスの友達と出会い、竹刀での打ち合いに興味を示したことで、東京に行くまでの三年間通っていた。


 そこで先生の補助のような扱いで、そんな小学生の相手をしていたのがこの人、朝倉琉子(あさくらりゅうこ)先輩だった。

 俺が小学校六年生の時に高校一年生だったはずなので四歳上、つまり今は二十歳か二十一のはずだ。


「久しぶり!東京から戻って来たの?」

 その頃は特に何も思わなかった。

 今の感覚で言えば色々世話してくれる姉ちゃんぐらいの感覚だったが、今こうして顔を合わせてみると、なんだか妙な気分だ。


「え、あっ、はい……」

 先輩はそんな俺の気持などどこ吹く風と上機嫌で距離を詰めてくる。

「本当に久しぶりだね!どうしたの?こんなところで?」

「あ、えっと……」

 驚きながら、なんとか自分の今の状況を説明する――と言っても、クラスに友達がいないとか何とかの件は省略した。そんな事一々言う必要もない。

 つまり、中学卒業と同時にこちらに戻って来て、野球部の応援に駆り出されて貴重な日曜日を潰し、その帰り道に懐かしい公園を見つけたのでちょっと寄ってみたという部分だけの説明だ。


「ああ、丸橋南だね、その制服。今年甲子園行けるかどうかだったんだっけ?」

「そうです。よくご存じですね」

「まあそりゃあね――」

 一瞬、間が開いた。

 その違和感に気付いて彼女の顔をもう一度見た時には、しかし俺の方にまた明るい笑顔を向けている――その直前、ほんの一瞬遠い目をしたように思えたのは、俺の気のせいだったのかもしれない。


「これでも元丸橋南生だからね」

「えっ?そうだったんですか?」

「おいおい、制服で来たことあったじゃん!」

 そう言えばそんな気もするが、如何せんちゃんとした記憶ではない。

「……そうでしたっけ?」

 言いながら、思わず苦笑が出かかった。タナちゃんの事を色々言っていたが、結局俺も静止した過去をあっさり振り切ってしまった訳だ。


「そうだよ!いや~しかし、そうか。もう刑部君が高校生か……」

 何の感慨にふけっているのかは分からないが、何かに納得したようにうんうんと頷く先輩。

「よし!それじゃあ折角だ、再会を祝って私のおごりでいい所連れて行ってあげよう!この後暇でしょ?」

「えっ、まあ……はい」

 くるりと踵を返して歩き出した彼女の姿を見て、記憶が戻って来る。

 そうだ、この人はこういう人だった。

 六年生の頃、下級生たちを纏める役割を任されていた俺に、同じような立場にいた事から色々教えてくれたし、そんな俺をひっくるめた悪ガキどもを纏めたりシメたりするのがこの人だった。

 役割、というより性分なのかもしれない。


(つづく)

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