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塔の町で君と  作者: 九木圭人
見えなくなったとしても
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見えなくなったとしても7

 それからの一週間、俺はずっと答えを出せずにいた。

 あの日の夜に送ったメールを、もう何度も見直している。


 To:琉子先輩

 Title:

 どうぞお大事に


 それ以外に何も思いつかず、けれど何も言わない訳にはいかなくて、ただ一言絞り出したメール。

 返答があったのは翌日の昼頃。


 From:琉子先輩

 Title:re

 ありがとう

 ごめんね


 たったそれだけのやり取りがこのまま今生の別れになってしまうような気がして、だとしても何をどうすればいいのかさえも分からなくて、ただメールを開いてはその数文字のやり取りを見直すのを繰り返している。

 会うべきか、会わざるべきか。

 自分の中で整理してみようという試みは、既に行きつくところまで行きついている。

 本音:会いたい。

 別の本音:もう一度あの事態になった時、まともに対応できる自信はない。そして最期の時を迎えた時、先輩の言うところの傷つかないでいる自信もない。

 ――そして、そこから立ち直れる自信もないのだ。


 結局先輩の言う事も、先輩のご両親がいう事も、どちらも正しいのだ。

 俺にはそれをどちらか一方を決めるなんてできなくて、その上最悪な事に、そのまま時間切れにして有耶無耶にしてしまえという声さえも、頭の中に聞こえ始めているという事だった。

 自分から何も言わなければ、そのまま時間が経過して、先輩の説を消極的に支持しつつ迷っている自分を維持し続けられる――先輩が死ぬのを待っているような、自分の保身100%のその考えに気付いた時、俺は自分を殺したくなった。あと少し刃物への恐怖が薄ければ、そのまま台所に行って決着をつけていた可能性さえあっただろう。

 ――つまり、逃げる勇気さえないという事だ。


 そんな自己嫌悪と煮え切らない迷いだけが堂々巡りしていた一週間の最後、土曜日の放課後に俺は家に帰るとすぐに父の車に乗り込んだ。

 明日の朝から執り行われる祖母の十三回忌に参加するため、今は叔母夫婦が暮らしている隣県まで向かう事になっていた。


 祖母との思い出があまりない――十二年前に死んでいるから当然と言えば当然だが――が、それでも会いに行くとよくおんぶしてくれた記憶はある。

 と言って、一般道を通って二時間近くの道のりの間、頭の中にあったのはこの一週間の悩みと変わらない。

 向かうべき中栗谷(なかくりがや)は県境付近にある山の中の集落で、月嶽温泉より更に先にある。まさに何もない田舎という表現がこれ以上ない程にしっくりくる山の奥地だ。

 普段ならちょっとした一日旅行のような気分だろうが、今は当然そんな呑気な事を考えるような精神状態ではない。


 既にあたりが暗くなった中、熊でも出そうな山道を抜けてようやく見覚えのある、今は叔母夫婦が暮らしている祖母の家に辿り着いた時も、出迎えてくれた叔母夫婦に会った時も、その気持ちは沈んだままで、何とかして表情を作るのに集中するのに最大の努力を払っていた。

 大人たちは近況報告や思い出話に花を咲かせているようだが、俺はそうしている間中、ともすれば答えの出ない問題に向かいそうになるのを何とかこらえて、その努力の不毛さを噛みしめ続けていた。


 そして就寝、離れの一室をあてがわれた我が家は、一体何年ぶりになるのか川の字で布団を敷いて寝たはいいものの、運転の疲れからすぐに高いびきの父と、これまた一瞬で寝入った母とは対照的に、俺はただ天井を見つめてぼうっとしていた。


「……」

 何度も眠ろうと努めた。目を閉じ、力を抜き、何も考えず――だが、どうしてか全く眠ることができない。

 目を開けて、目を閉じているのと変わらないぐらいに暗い室内を見上げる。あまり部屋が暗すぎると却ってよくないなんて話を聞いたことがあるし、もしかしたらそのせいかもしれない――両サイドで爆睡している二人の事と、本当の眠れない理由から目を逸らしてそんな事を考える。

「……トイレ」

 布団から這い出す。

 本当は分かっている。

 真っ暗な闇は、ただ俺の中の迷いを大きくしているだけだ。


 真っ暗な闇。完全な闇。

 宇宙に放り出されたような、何一つ見えない闇。

 その闇が俺に問わせる――死とは何か。人は死んだらどうなるのか。

 寝る前に考えてはいけない事の定番中の定番だが、今の俺にはそれ位しか考えられることはない。


 壁に手を触れて、それを頼りにトイレに行き、用を足して戻る。

 トイレの窓からも、廊下の窓からも、月や星は見えない。田舎の夜空は綺麗だなんて、よほど暇と余裕を持ち合わせた奴にしか言えない台詞だ。

 それは完全な闇だ。人の生み出した明かりの存在しない、完全なる闇だ。

 そしてその闇は俺に問いかける――棺桶の中ってどういう気持ちだろうか。

 俺は閉所恐怖症でも暗所恐怖症でもない。だが、その想像は恐ろしくて、自分の脳みそに懇願してやめさせようとする程に嫌だった。


 小さな狭い箱。人一人分しかない真っ暗な箱。

 そこに閉じ込められて、蓋を打ち付けられて、外の世界と、生きている者の世界と永遠に隔離される。

「ッ!!!」

 その姿の先輩が絶望的に鮮明に頭に浮かんで、俺はこの狂った想像を終わらせるために大急ぎで布団に戻り、無理矢理に寝た。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

なお、明日も同じ時間帯に投稿予定です

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