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塔の町で君と  作者: 九木圭人
見えなくなったとしても
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見えなくなったとしても2

「あっ、先輩」

 ……まあ、日曜日に駆り出されるのも悪い事ばかりじゃなかったという事か。

 だが、そんな思いとは対照的な先輩の表情がすぐに俺を現実に引き戻した。


「……どうか、しました?」

 先輩の表情は浮かない。

 いや、表向きは笑おうとしているのだ。実際に表情は何とかして口角をあげて、相好を崩そうと努力しているようには見える。

 そう、見えるのだ。そうやって、意識して笑おうとしているように。悲しいぐらい正直に。

「あ、いや……うん」

 言い淀んで、しかし何かを己の中で決断した――表情だけで読み取れるほどに分かりやすく。

「あ、あのさ……」

「はい?」

 その緊張が伝染したように、俺も背筋を伸ばす。

 そう言えば、これほど硬い様子の先輩を見るのは初めてかもしれない。


「……ちょっと、話したいことがあるんだ」

 言葉の発音に慣れていないように、何とかして吐き出すようにそれだけ言った先輩。

 そこで言葉が終わりだと気付くのに、一瞬時間を要した。

「……え、あ、はい」

「時間、今から大丈夫?」

「はい。大丈夫……ですが」

 言いながら視線で周囲を見渡す。

 バスロータリーと駅。そして駅の向こうに聳える、まだ新しい駅ビル。

「駅ビル行きます?中の喫茶店とかで……」

 流石に立ち話もなんだろう。

 それに恐らく、いつものような遊びに行く話ではない。出来れば――先程棚上げしたような――逃げ出したくなるような話のはずだ。


「あー……そうだね」

 そう言いながら、代替案を捻り出そうとしているのはこれまた手に取るように分かった。

「田島屋に行かない?お金は出すよ」

 その名前に思わず背筋が伸びる。どうやら俺の考えている以上に真面目な話のようだ。

 田島屋。正確には田島屋茶寮と言って、駅からは少し離れた和風喫茶店――というより茶寮という言葉が示す通りのお茶屋さんだ。

 お茶屋さんと言っても、時代劇に出てくるような峠で団子売っているような簡単な奴ではない。落ち着いた雰囲気の、それこそ政治家が会合するような雰囲気の場所だ。

 以前に前を通ったことは何度かあったが、当然ながら入ったことはない。お茶一杯がそこいらの定食より高い時点で高校生の俺に用はない。


「分かりました……」

 そこを選ぶ。当然、世間話で終わるはずもないだろう。

 二人並んで駅前のロータリーから離れていく。

 これまでバスで走って来た道を逆走する様に、昼下がりから夕方に変わりつつある道を進む。

「……」

 途中に会話の類は一切ない。

 なんとなくぎこちないというか、堅苦しいその雰囲気が、これから田島屋で待っている話の内容を想像させて、一歩進むごとに俺の足取りを重くさせていく。


「……?」

 ちらりと先輩を見た時に気付く。妙に顔が青白い。

 彼女も緊張しているのか?いや、それだけではなさそうな顔色だ。

「……あ、あの、先輩」

「えっ……!?」

 まるで隣に俺がいることを忘れていたかのようにビクリとこちらを見る先輩。やはりいつもと違う。

「大丈夫ですか……?」

「え、何が……?」

「いや……顔色とか……真っ白ですし……」

 そう言った俺に向けられるのは、再びのぎこちない笑顔。

「う、うん。大丈夫。今日はちょっと疲れちゃっただけ。ありがとうね」

「そうっすか……」

 それが多分嘘だという事は、今日初めて先輩に会った人でも簡単に見抜けるだろう。

 しかし本人がそうして隠す以上それから先に踏み込む事も出来ず、そこで会話を打ち切って再び重い足を目的地に向かって動かすことに集中する。


 大通りから路地に入り、もう一つ隣の大通りに出て、そこをしばらく駅と反対方向に進んだ場所にあるのが件の田島屋だ。

 道路に面した場所には家一軒分ぐらいの奥行のある駐車場を備え、その奥にある武家屋敷みたいな塀の向こう。小さな日本庭園の先に入口が現れるという念の入れようで、外の騒音と完全に隔離された世界がそこにある――のだろう。

 路地を進み、田島屋のある通りが見えてくる。その角を曲がれば程なくして目的地だ。

 そう思った瞬間、不意に隣にいた先輩が遅れ始める。


「先輩?」

 反射的に振り向いて声をかける。

 歩幅から考えて、多分すぐ後ろにいるだろう――その予想は当たっていた。

 俺から1m程後方、通り過ぎた電信柱のすぐ横。


 そこに、先輩は崩れ落ちていた。


「先輩!?」

 屈んだ姿勢から前に倒れ、胸の辺りを抑えて胎児のような姿勢で体を丸めている。

「先輩!ちょっ……大丈夫ですか!!?」

 大丈夫な訳がないのは分かり切っているが、こんな時の語彙など持ち合わせてはいない。

「……ッッ!」

 自分の胸を鷲掴みにして、声にならない声を上げる先輩。

 空いている方の手は自らの服のポケットを必死にまさぐっている。

「き……」

「え!?」

「きゅ……きゅ……」

 辛うじて聞き取れるかすれた声。

 息が苦しい、それと恐らくだが胸が痛い。それも声も発せられない程に。

 その状況で絞り出した声が119を求めていると理解するのに数秒をかけてしまった。

「わっ、分かりました!!」

 叫ぶように答えて自分のスマートフォンを取り出す。

「……」

 前からずっと使っているスマートフォン。当然ながら使い方は心得ている。

「……え」

 嘘だと思いたかった。

 しかし、これがパニックというものなのだろう。


「電話……どうやるんだっけ?」

 普段あまり使わないから、スマートフォンの機能としてどうやって電話をするのか忘れた――というのではない。

 正確にはそれもあるのだが、それ以上に電話というものの使い方が頭から抜け落ちてしまうのだ。


「電話、電話……」

 馬鹿みたいに口の中で繰り返しながらスマートフォンの画面に表示されたアプリの一覧を動かし続ける。

 ようやく目についた――普段なら絶対に見落とすはずのないデフォルトの画面で――受話器のアイコンから電話を連想して起動して1~9のボタンの画面を開けた頃には、先輩はポケットから取り出した何かの錠剤を、ほとんど包装を食いちぎるようにして口の中に放り込んでいるところだった。


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません

今日はここまで

続きは明日に

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