見えなくなったとしても1
毎年九月の恒例行事――長いようだった夏休みが、終わってみると随分あっさり過ぎてしまったという感傷。
今年のそれが今までよりも強く感じるのは、楽しい時間が早く過ぎるという事によるものなのかもしれない。
先輩とのデート。そしてそのためのバイト。
高校二年生=大学受験を考えている者にとってはゆっくり楽しめる最後の夏休みを終えて灰色の日々を再開させる。
久しぶりに顔を合わせるクラスメイト。クラスの中の話題に俺の夏休み中のものはない。
どうやら、先輩とのあれこれは誰にも見つかっていないようだ。
久しぶりのホームルーム、担任の口から語られた文化祭の話。
夏休み前に何をやるのかは決められていたが、あと一か月でものにしなければならないとなると随分忙しくなる。
「……」
気乗りはしないが、まあ仕方ない。
この手のイベントごとの常――なのかは知らないが、クラスの中の妙にこういうのが好きな奴や、乗り気の奴が勝手に色々話を進めてくれる。
そこに根回しも糞もない。何しろ、彼等の仲良しグループだけが世界なのだから。
俺のような人間は唯々諾々と決定に従い、言われた場所に配置されて言われた仕事だけしていればいい。簡単な話だ。
――少なくとも去年はそれで上手くいっていたが、今年はどうもそれだけではなさそうだとなったのは、それから一週間ほど経ったある日、二つの仲良しグループの間で対立が起きた時だった。
何が原因かは分からないし興味もない。お互いの方向性の違いとかそういうのだろう。まったく、熱心な事だ。
はやくこちらに仕事を寄越せ。何すればいいか言え。そう思っている俺を他所に、クラス全体が出店の方向についてああでもない、こうでもないと始め、一度決まったことを反故にしようとしたり、決着したことを蒸し返したり、挙句の果てには今回の内容に関係ない個人間の諸々を持ち出したりを繰り返して、一向に話は進みそうにない。
ヒートアップしている連中にはさぞや意義のある時間なのだろうが、俺にはそれによって削られていく残り時間と反比例して増えていく「間に合わせるために日曜日も出てこい」という指示の可能性に戦々恐々としていた。
日曜日に出てこなければならないとなれば、その分単発バイトが出来なくなる。当然、計画に必要な資金も集まらない。紅葉のシーズンは終わってしまう。
「はぁ……」
誰にも分からないようにため息を吐く。嫌な予想は、楽しい時よりももしかしたら早く過ぎていく時計の針を見る度にその解像度を高めていった。
それが杞憂ではないという事が証明されたのは、九月の第三日曜日。
流石にその頃には話がまとまって再度準備にかかっていたものの、騒ぎで発生したタイムロスや、その他にも進めていくうちに色々と明らかになった問題によって、文化祭当日に間に合わないかもしれない可能性が出てきた事によるものだ。
幸いその日にはバイトを入れてはいなかったが、それでも嫌なものだ。何しろ、他人の喧嘩に巻き込まれた挙句、現状を巻き起こした張本人たちは「間に合わせるためにみんなで頑張ろう」というテンションなのだから。
何が皆でだ。己らのケツを全員に拭わせているだけだろう――その感想を抱いているのが俺だけではないという事も、それでも俺もそいつらも諸々の事情で口にしないでいるという事も、間違いなく事実だった。
更に言えば、部活の方で催しがある連中はそちらに駆り出されたりもするので、俺たちのような帰宅部はクラスの出し物にかかりきりになる。なんで好き好んでやっている部活の、クラスのとは異なり別に必須ではない部活ごとの出し物の準備している奴の尻拭いをしてやらなければならないのかは知らないが、そういうものだと思って諦めた――これについても、俺以外に同じ考えの人間がいない訳ではないというのは聞こえてくる愚痴で分かっていた。
ともかく、やらなきゃいけない以上は早く仕上げて帰ろう。室内の飾りつけ担当としては、とりあえず決められた通りに切ったり貼ったりをするだけだ。
幸いというべきか、この遅延による日曜日の作業を生み出した張本人であるところの仲良しグループたちも既に和解して、わいわい言いながら作業に取り掛かっている。
「……」
釈然としないが、まあいい。早く終わらせるのには人手は多い方がいいに決まっている。
きっとこいつらにとっては、あのぶつかり合い=結局何が原因なのかは当人たちしか分からないごく内輪の問題をクラス全体に広げた挙句日曜日に駆り出させる原因となったタイムロスさえも、忘れられない大切な思い出とやらになって、果てしなく美化していくのだろう。俺のそれとは正反対に。
「……」
いや、そうだろうか。
文化祭についてや学校生活についてはそれで異論はないが、この三年間――というより今年の夏以降のそれは果たして忘れたいのだろうか。
「……」
頭に浮かんできた、まだ答えの出ていない問いを振り払うように画用紙と折り紙とテープとの格闘に戻ることにした。
その甲斐あってか、昼過ぎには予定していた作業を終え解散となった。
わいわいと騒いでいる青春真っ只中組からは気付かれることもなくバス停へ。程なくやって来た、日曜ダイヤで駅前ロータリー行きとなっているバスに乗り込む。
この日曜日の作業も「クラスの皆で一丸となって取り組んだ文化祭」という美しい青春の一コマになるのだろう。この高校の三年間自体が永遠に静止してすぐに見えなくなってしまうだろう俺とは対照的に。
「羨ましいことで……」
言いながら、己の中に浮かぶ記憶に背を向ける。
楽しそうな、無邪気な笑顔。
いつか答えを出さなければいけない。まあ大丈夫だ。今すぐにじゃない。
二つの思いがぶつかり合って、その葛藤からすらも目を背けるように車窓に目を向ける。
バスは角を曲がって、宇宙塔は見えなくなっていた。
「川見丸橋駅前、川見丸橋駅前、終点です」
バスが停まる。
ここから家の方向のバスを待つか、或いは先輩とであった時みたいに歩いて帰るか。
とりあえず家の方向のバスの時間次第か――そう思って歩き出した、まさにその瞬間だった。
「あ、刑部君……」
あの日初めて出会った時と似たいで立ちの先輩が、まさにその場に立っていた。
(つづく)
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