表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
塔の町で君と  作者: 九木圭人
約束
21/34

約束4

 参道は広く、隙間なく敷石の並ぶ石畳の道と階段とが本堂へと続いている。

 他の観光客と共にその掃き清められた道を進み、階段を上りきるとそこには堂々たる本堂がどっしりと待ち受けている。

 中に入ると薄暗いその中で、巨大な観音菩薩と対面する。

 なんでも色々歴史のあるものらしいのだが、詳しい事はよく知らない。恐らく同じような状態だろう周囲の観光客と共に手を合わせてからもう一度外へ。


「せっかくだし、全部制覇してみよっか」

 先輩は乗り気だ。

 それに、俺もせっかくここまで来て饅頭食って帰るだけというつもりもない。

「そうですね」

 二人で並んで本堂の右に伸びているそれまでより細い参道へと足を踏み入れた。

 妙明寺は山の麓にある本堂と、それをぐるりと囲むこの参道で繋がった五重塔、観音池、薬師堂によって構成されている。

 森の中を歩いているような――というより、森林の中を縫うようにして設けられた細い石段が、上へ上へと続いていて、森林浴のような気分でぐるりと回ってこられるようだ。

 ようだ、というのは実際にここに登るのは初めてで、ただ本堂横の看板にそう書かれていたというだけなのだが。


 まあ、とにかく。

 ちょっとした散歩には丁度いいと思っていたが、夏場のそれはいささか楽観的過ぎた。

 石段もだいぶ進んだと思われる、何度目かの踊場。

 90度右折するの場所で足を止め、シャツをバサバサと体に風を送る。

「ふぅ……」

 既に軽く汗ばんだところに流れ込む山の空気が心地いい。

「ふぅ、暑い……」

 同じように先輩も足を止めるが、どうやら体力的には俺よりも消耗著しい。流石にまだへばってはいないが、ちょっとした運動といった様子だ。


「……大丈夫ですか?」

 ハンドタオルで汗をぬぐう姿に問いかけるが、返ってくるのは笑顔。

「うん、ありがとう」

 体力は消耗しているが、多分楽しいのだろうと思えるのは、誘った側としては一安心だ。

 幸い、もうすぐ最初のポイントであるバスからも見えた五重塔だ。木々の合間からそれと思しき暗い赤色のがちらちら見えている。

 そこまで行けば、ひとまずこの石段は終わる――いつの間にか何故進むのかの意味が変わっているが、まあ仕方がない。もっと涼しい時期なら違うのかもしれないが、今の時期はそういうものだ。


「もう少しで五重塔ですよ」

「そこまで行けば、少し休めるね……」

 先輩もそう言っている事なので問題ない。

 俺たちはもう少しだけ、とお互いに励まし合いながら再び歩き始めた。


「着いたーっ!」

 幸いなことに、その励まし合いが効いているうちに石段は終わって、中腹のちょっとした広場に出た。

 それまでの山肌や木々と対照的な砂利敷と石畳は、そこが明らかに人の手が加えられた場所であることを雄弁に物語り、奥にそびえ立つ赤い五重塔がその象徴のように鎮座している。

「凄い!本当に五重塔みたいだね!」

 先着していた他の観光客たちと同様、そちらに吸い寄せられるように歩きながら、旅番組のレポーターか何かのように先輩がこちらに体ごと振り向く。

 京都に行ったのは中学三年生の時の修学旅行の一度きりだが、絵葉書のようなあの五重塔のある景色は写真を見ずとも思い出せる。

 その時に聞いた様々な説明はもう忘れてしまったが、視界に五重塔が、教科書で見た建物が映るという空間に不思議な感覚を覚えたことは忘れていない。


「お……」

 その記憶がよみがえる中、塔を囲んでいる柵の横に立つ看板が目についた。

 なんでも、この塔が立てられたのは江戸時代末期。当時この地にあった三重塔が火事で失われ、その再建の際に京都の五重塔を基にしてこちらも五重にしたとのこと――なんかミーハーな気がしないでもない。

 つまり、京都のやつに似ているというのは当然の話だ。何しろそれがモデルなのだから。

 不意に、俺の後ろから先輩が覗き込んだ。

「なになに?何か面白い事書いてある?」

「京都の五重塔をモデルに造りました……って」

 それだけ掻い摘んで説明すると、先輩も何か納得したような顔で、改めて五重塔を見上げていた。

「へぇぇ、道理で似ている訳だね」

 いつもの口調、いつもの態度、楽しそうという事以外どこまで本当にそう思っているのかは分からない。


「……でも、ミーハーな話ですよね。わざわざ有名な奴に似せて造らなくてもいいのに」

「うーん……行きたかったんじゃない?京都」

 先輩は当たり前のようにその仮説を発した。

「行きたかった……って」

「遠いし。今みたいに交通手段が発達している訳じゃないし。行かれないから、行けるところに再現してせめて京都気分を楽しもう……って事じゃない?」

 成程。そう言われてみると何か納得がいく話かもしれない。

「なんとなくそんな気がするんだよね。……私も京都行かれなかったから」

「えっ?」

 付け足されたその言葉。この町から出たことが無いという話か――そう身構えるがしかし、その口調はいつもと大して変わらない。

「中学の時さ、修学旅行の前の日に風邪ひいて熱出しちゃって、行かれなかったんだよね。行きたかったなぁ~」

 懐かしい思い出、今や笑い話になった失敗談。そんな調子でそう付け加える。

 ――少し必要な予算は増えるが、京都旅行もいいかもしれない。


「……ん?」

 そこで、気づく。

 先輩はかつて俺と同じ丸橋南生だった。先輩がいた頃と今とでそれほど大きくイベントは変わっていない。

 そして、丸橋南でも修学旅行は存在する。

 町から出たことが無いということはつまり、何らかの理由によりその時も参加しなかったことになる。

「そう言えば先輩――」

 だがその結論に至った時、既に先輩は塔から離れて先の順路を見つけていた。

「よし!先に進もう!」

「あっ、待ってください」

 どうも巡り合わせが悪いものだ。

 結局そのまま、もう一度改めて聞くような空気にもならず、先程とは打って変わって平坦な山道を進んでいくこととなった。


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません

今日はここまで

続きは明日に

なお、明日はいつも通り、午前1時20分の投稿を予定しております

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ