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塔の町で君と  作者: 九木圭人
約束
20/34

約束3

 バスは病院を離れ、遠くに見えている目的地がするすると近づいてくる。

 田畑の向こうに見える数軒の民家と、その向こうの山肌にぽつぽつと点在するお堂や五重塔がこの位置からでも山の木々の合間に見える。

 妙明寺はあの山の中腹辺りまでの全体を参道としていて、施設が山の中に点在しているという寺だ。

 少し前にテレビ番組で紹介されたか何かで少しだけ話題になったが、今回の俺たちのお目当てはそうした話題のスポット巡りではない。


「次は妙明寺、妙明寺。終点です――」

 バスが山門の前に設けられたバス停に滑り込む。

「おおっ、人がいっぱいだ」

 先輩が声を上げ、俺もそれに頷く。

 遠くからの景色が京都のミニチュアのようだったが、近づいてみてもそのミニチュアぶりは変わらない。

 日曜日だけあって観光客と、それを当てにした門前のお茶屋や数軒の屋台が広がって、バス停からでもその賑やかな声が聞こえてくる。

 そしてそのお茶屋の前にはためく(のぼり)=名物護摩焼き饅頭=俺の提案にして俺たちの今日のお目当て。


「凄い人気だねぇ」

 その幟の下、人だかりになっている辺りを見ながら、感心したように先輩が言う。

 俺も同感だが、どちらかと言うと驚きの方が強かった。この時期限定の名物なのだが、思っていたより大々的に観光の目玉にしているようだ。周囲の人混みといい、山門の向こうに見えるカラフルなパネルといい、想像以上に観光地している。


「結構待ちそうですね」

「まあいいさ。せっかくだしお参りしてからにしよう」

 そう言いながらお茶屋の前を通過。

 香ばしい匂いに引き留められるが、それを振り切って山門をくぐる。

「……あ、でも売切れたらどうしようか」

「大丈夫だと思いますよ」

 流石にあれだけ観光地として売り出していて、客の入りを想定していないとも思えない。

 数量限定という表記もなかったし、そもそも人だかりと言っても本当の、全国レベルの観光地に比べるべくもない規模だ。この程度を想定していないのなら、そもそも観光地として売り出すつもりがないと思われるだろう。

 山門をくぐって境内へ。石畳の山道の横に待ち構えている、観光地の顔を出すパネル。


「こんなものまで……」

「せっかくだからやってみようか」

「……マジで言っています?」

 先輩はそのつもりだ。その目と、既にパネルの裏に回り込んでいる行動だけで十分に分かる。

「ホラ、こっちこっち!」

 パネルの向こうから俺を呼ぶ。


「……」

 一応、周囲を確認。先輩とのデートについては堂々と「そうだ悪いか」と言い切る自信はあるが、一緒にパネルに入ってバカップルするのを見られるのはまた別だ。

「刑部く~ん?」

「今行きますって」

 安全確認が取れた。意を決してよく分からないゆるキャラのパネルから首を出す。

 二つ並んだそれは、当然パネルの裏側ではかなり体の距離が近くなる――寺においていい代物じゃないだろう。


「……ねえ」

「はい?」

 不意に先輩に呼ばれた。

 パネルに顔をはめている関係で振り向けないが、返事はする。

「思ったんだけど」

「はい」

「二人で入っても意味なくない?」

 二人で入っても意味ない――その言葉を咀嚼し、飲み込み、理解するのに要した数秒間は、恐らく俺の人生で最も間抜けな数秒間だっただろう。


「……あ」

 普通、こういうパネルは片方が入ってもう片方が写真を撮るとかそういう奴だ。それを二人並んで入るだけ。ただ道行く人にはしゃいでいるところを見られるだけのアホの二人になっている事に気付くのに要した数秒間が、それから一秒経過するごとに恥ずかしさを増していく。

「アッハハハハハ!!何やってんの私ら!」

 先輩は大うけだ。私らというが発案したのは先輩で――まあ、パネルに顔嵌めるまで気付かなかった時点で俺も同じか。

「……」

 まあ、先輩は喜んでいる――というか一人で大笑いしている――ようなので良しとしよう。


「いや~今日は幸先がいいねぇ!!」

 ひとしきり笑った後にそう言ってご機嫌な先輩。

 確かに幸先が良いのかもしれない――屈託のないその笑顔を見ているとそんな気がしてくるのだった。

「気が済んだら行きますよ」

「はいはい」

 ようやく笑いが収まったところで改めて俺たちは奥に向かって参道を歩き出す。

 妙明寺の本堂はこの参道を進んだ先、山の中腹辺りに位置していて、そこから別方向に分岐した道を辿っていくと、バスの車窓から見えた――そして今も見えている五重塔などに行くことができる。

 その道を進んでいく他の参拝者たちの列に俺たちも混じっていった。


(つづく)

今日は短め

続きは明日に

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