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塔の町で君と  作者: 九木圭人
お久しぶり
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お久しぶり1

 方向性が決まってしまえば――それが例え孤独の道であっても――後は割り切れるものだった。ある意味では開き直りだ。そもそも友達が出来ない事の不利など、高校では大したことはない。東京の中学では幸い一年生の頃に仲良くなった友人が数人いたが、今の俺のように誰とも関わらない奴だっていたのだ。そしてそいつだって、最後はちゃんと三年間を全うして卒業した――義務教育だから不登校でも卒業できるとかそういう話ではない。ちゃんと三年間授業を受けて、だ。


 ならば、俺とて同じことだ。授業の事で誰かに頼ったりは出来ない。幸い高校の授業では二人組を作れという、この手の人間には致命的な奴はあまり無かったし、どうしても発生する時にはクラスにもう一人いた同じような奴と組まされるから問題なかった――その彼とも特別親しい訳でもなかったが、互いに『そういう状況の時利用し合う相手』ぐらいの認識になれたのは幸運というより他にないだろう。

 学校行事や、二年生と三年生で待ち構えている修学旅行については気が重いが、まあ我慢するより他にない。


 とにかく、ここは俺のいるべきところではないのだ。

 なら、異物として孤立すれども敵対せずを貫くより他にない。幸い、クラスの連中も俺に構うよりも新しいコミュニティーや慣れ親しんだコミュニティーの方が大切なようで、お陰で俺は灰色の一年を送ることが出来た。

 灰色の、即ち色鮮やかではないが、暗黒でもない一年間。慣れてしまえば、随分気楽なものだった。


 二年生になっても、その方針は変わらない。

 すっかり人間関係が出来上がったクラスの中で、俺はしっかりと孤立を確固なものにしていった。

 誰とつるむでもない、大勢に囲まれた一人きり。

 沢山の記憶のある町で、誰も、何も知らない場所に放り出されたように一人きりで、学校と家とを往復する暮らし。

 人も街並みも変わってしまった町。タナちゃんは一年生の夏になる前ぐらいからお互い疎遠になっていた。彼にとっては吹奏楽部の朝練とトランペットが全てだ。その今に生きているのだ。俺は過去だ。矢のように飛び去って行けば、すぐに見えなくなる。


 それでいい。俺が彼にとって過去であるように、俺にとってもこの町は過去だ。新しい、今の町など知らない。唯一変わらないのは、もう高校生にもなって誰もあれで盛り上がらなくなった宇宙塔だけだ。


 その生活にも慣れた、二年生の、夏本番のように暑い初夏のある日曜日。

 俺は朝っぱらから隣の市の市民球場に駆り出されていた。

 いや、俺だけではない。部活の公式戦がある者以外は全員。創部以来の快挙らしい、野球部の甲子園地区予選の決勝の応援のために。

 俺は野球に興味がある訳でも、野球部員の誰かと関係がある訳でもない。他の大多数の不満を噛み殺してクソ暑い中好きでもない野球の試合を見させられている者達と同様にただ駆り出されただけだ。俺と他の大多数と違う所があるとすれば、わざわざ休みの日を潰して呼び出しておいて翌日に振替休日にならない事への不満をぶちまける相手もいないということぐらいだ。


「……」

 応援席で熱が入っているのなど、俺たち部外者に応援の音頭をとっている野球部の二軍――地区予選敗退がお決まりの弱小部の分際で生意気にも二軍がいる――連中と、晴れの舞台となるタナちゃんたち吹奏楽部ぐらいのものだ。

 結局、試合も四対一で丸橋南の負け。甲子園の晴れ舞台には届かなかった。

 ――本音を言えば非常にありがたい。これで本戦まで強制徴発された日にはたまったものではない。


 普段から仲間意識なんてない連中の、大して上手くもない野球を応援させられる人間の気持なんてこんなものだ。

 円陣を組んで、三年生は泣いていたりする野球部と、一日やり切った充実感を持っている顔の奴もチラホラいる吹奏楽部以外の、気温とは正反対に冷え切った強制徴発組は、それぞれ愚痴を言える相手と、言える場所に向かって散って行く。

 彼等に混じりながら、俺も球場を後にする。寄り道するなと教師は言うが、この状況で素直にいう事を聞くものなど、何の予定もないか、暑さに辟易して家に戻りたいかしている者ぐらいだろう。

 仲間内で集まって、カラオケボックスか、或いは安いファミレスか、もしくは誰かの家に集まるか――そんな話をしている集団と共に川見丸橋より便数の多い市営バスに乗って都賀谷(とがや)駅へ。この辺りでは大きな乗換駅であるここから枝毛のようにひょろりと伸びている月嶽(つきたけ)温泉ラインという単線で三駅目が川見丸橋だ。

 ホームで電車を待つ。日曜日の昼下がりという事もあって電車はしばらく来ない。一応バスも都賀谷から川見丸橋までの便が出ているのだが、電車より少ない上にバスの性質上一直線に進むわけではないので倍近い時間がかかるとあって、利用者はほとんどいない。

 自然、都賀谷で遊んでいく訳ではない者達は俺と同様にバスを降りてそのままホームに流れ込んでいく。


 そうした小集団が無数に出来たホームの上、俺は何をするでもなく月嶽温泉の広告看板に目を向けていた。

 月嶽温泉ラインと銘打たれたこの単線の終点は、ここから八駅先の月嶽温泉だ。

 この線路は元々その一駅手前の西月嶽の辺りにあった炭鉱の石炭を輸送する路線で、月嶽温泉も炭鉱夫たちが羽を伸ばしに来るための、それまで地元民しか知らないような場所だった。それが炭鉱夫たちの給金をあてにして温泉地として整備され、安い酒場やちょっとした花街のようなものが造られた。1980年代に鉱山が閉山となってから全国に散っていった炭鉱夫たちが各地でこの温泉の情報を伝え、口伝で全国から観光客が訪れるようになったことと、地域住民から公共交通が欲しいという要望から、用済みとなったこの路線が復活したということらしい。

 つまり、上手く時代の変わり目に対応できた、過去の遺物にならなくて済んだという訳だ。


 そんな風に時間を潰す俺の後ろを、女子生徒の一団が通過する。そのでかい声と内容で、丸橋南の生徒だと見なくても分かる。

「やっと終わった。マジクソだりんだけど」

「なー。つかウチらの試合の時とか絶対こんなことないっしょ」

「あのハゲどもどんだけ過保護よ」

 ホームまで来てしまえばもう野球部員も教師もいない。タガが外れて盛り上がっている。

 まあ、気持ちはよく分かる。俺だって、愚痴を言い合える相手がいれば同じように愚痴をこぼしているだろう。それこそ野球部員の坊主頭さえもいじる対象にして。


 彼女たちが通り過ぎた後、ほどなくしてやって来た電車に乗り込んだ。

 川見丸橋はここから三駅目。ホームから滑り出した電車は程なくしてすぐ隣の満上町(まんじょうまち)へ。

 この辺りはまだ都賀谷とほとんど変わらない。都賀谷に収まりきらなかった住民がここまで広がって来たような住宅地だ。

 そこを出るとすぐにトンネルへ。都賀谷と川見丸橋を隔てる山を越えるためのそこにある唯一の地下駅である唐船橋(からふねばし)の駅を過ぎると、トンネルは唐突に終わる。


 差し込むより撃ち込まれると言った方がいいような強烈な日差しに照らされた車窓から最初に見えるのは、川見台の麓にそびえ立つ宇宙塔だ。

 高架を走る電車から見ると、本当に周囲の建物よりずば抜けて高く、何なら丘陵になっている川見台の頂上付近とほぼ変わらない高さで、特に名物のないこの町のシンボルと言ってもいいかもしれない。

 あと少し日が傾けば、巨大な日時計のように長大な影を町に落とすことになるそれが、フェンスの灰色に変わると同時に電車内にアナウンスが流れる。

「川見丸橋、川見丸橋。お出口右側です」


 さっきまで宇宙塔が見えていた車窓と反対側から下車。

 ホームの端にある階段で下に降りて外へ出たところで、一台もいないバスロータリーを見て思い出す。

「ああ、今日は日曜か」

 普段平日しか使わないから忘れていたが、日曜日はバスの本数が少ない。

 数秒考える。今から家に向かうバスを待つ時間と歩いて帰る時間。おおざっぱな計算では大体同じ。

「よし……」

 踵を返し、ロータリーを抜ける。たまには歩いて帰ろう。日中よりも多少マシになった夕方の風が顔を撫でていく。


 駅前から大通りに沿って進み、最初の交差点を左折してかつて通っていた小学校のある通りへ。

 大通りから少し離れるだけでぐっと人通りが無くなる。日曜日で小学生たちがいないとこんなに静かな場所なのか。自分が通っていた六年間には全く分からなかった感覚だ。

 時折通り過ぎる車以外何もないその静かな通りを歩き、小学校の前を通過。

 もう一本の大通りと、そこを行きかう何倍もの車に行き当たってからは右に曲がって道沿い。しばらく行くと現れる歩道橋を渡る――はずだった。


「あれ……?」

 歩道橋は見えない。

 片側二車線の道路を跨いだそれは、今やその全体をくすんだ白い養生に覆われていて、所々踏板がめくれている階段はベニヤ板で完全に塞がれていた。


(つづく)

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