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塔の町で君と  作者: 九木圭人
約束
19/34

約束2

 そして、日曜が来た。

 いつものように家を出た俺の財布には、昨日の単発バイト=交通量調査の報酬がしっかりと入っている。

 いつもの集合場所になった駅前へと向かい、いつものように先輩を探す。

 いつものように、そう、いつものようにだ。

 いつの間にか俺は、先輩と一緒に出掛けることがいつもの事になっていた。


「……ふふっ」

 思わず口角が上がり、口元がだらしなく緩むのに気が付いて、慌てて引き結ぶ。

 周囲を歩く日曜の人混みが、こちらを振り向いたり怪訝な顔を向けたりすることはない。幸い誰にも聞かれていなかったようだ。

「なに?何かいい事でもあった?」

「おわっ!!?」

 待っていた相手以外には。


「お待たせ」

 振り向いた先にいたその相手は、白いロングスカートをたなびかせ、ノースリーブから覗く白い腕を俺の肩に置いている。

「あ、いえ……なっ、なんでも」

 あいさつ代わりに誤魔化してそれから誘いを受けてくれた事の礼。

「ううん。そんなの気にしないで」

 そう言って笑う先輩。晩夏の日差しに光って見える。

「誘ってくれてありがとう……」

 だがその言葉に対して、その後に一瞬だけ訪れた空白はちぐはぐな印象を与えた。

 来たくなかった――そういう訳ではないと思う。思いたい。

 だが、何かしらの問題と言うか、心配事と言うか、懸念事項があるような。

 そんな疑念が頭の中に湧き上がった時には、既にそれを払しょくするような笑いとオチがついていた。

「私大概暇だからさ、君さえよければどんどん誘って!」

 それが無理矢理な演技なのか、或いは本音なのか、俺の頭と経験とでは到底判別できない。


 そうしているうちに目当てのバスがロータリーに滑り込んできたため、俺たちはそちらに足を向けることにした。

「このバスは東丸橋総合病院経由、妙明寺行きです」

 普段は使わない路線だが、恐らく普段はこれ程色々な層の乗客が乗っている訳ではないだろうというのは何となく分かった。

 観光客風の人から、近所の主婦の集まりのような集団から、俺たちと同じような――と言っていいだろう――カップルとか。

 東丸橋総合病院から妙明寺まではそこまで距離はない。バスの停留所としてもそれは同じで、つまり普段は「町中の老人を病院に輸送するための路線」と言われるこの路線に人が増えたとなれば、伝染病の流行とかでない限り行き先はほとんど俺たちと同じだろう。


「はい、バス動きます」

 とはいえ、それほど名の知れた観光地という訳でもないからか、座席が八割がた埋まるぐらいの混み具合でしかなく、立っている乗客はいない。俺と先輩も映画の時と同様に二人並んでシートに腰かける事が出来た。

 また前回と同じく、先輩が窓側で俺が通路側。

 これまた前回と同じ、鼻腔をくすぐるほのかに甘い匂い。

 前回と少しだけ違う点=俺が前より慣れた。

 やはり花火の夜の出来事は無駄ではなかった。より強いショックを立て続けに与えられれば、人はショックに慣れるものだ。

 今となっては、先輩が隣にいることも、そのほのかな甘さも、触れている素肌の温度差も――あんまり意識するとショックに慣れたという言葉が嘘になってしまうが、とにかく理性の吹き飛ぶ段階よりも前で精神を維持していられる。


 そんな成長(?)を実感しながら、バスに揺られる事数十分。既に駅前を離れて、住宅地を走るバスが、郊外と呼べる地域に近づきつつあることを流れていく景色で悟る。

「次は福祉センター前。福祉センター前。信頼の技術で安心の治療を、倉田整骨院へはこちらが便利です」

 バスは止まらない。降りる乗客も、乗って来る乗客もいない。

 やがて車窓には民家より田畑の割合が増え、そのうち民家は消え去って、代わりに遠くに見える工場へと変わる頃、バスが県道を左に折れる。

「次は東丸橋総合病院。東丸橋総合病院――」

 アナウンスの中にブザーが混じる。

「次停まります」

 どうやらこっちには降りる乗客がいたらしい。

 病院の前に広がる駐車場の入口を横切り、病院の敷地の片隅に位置するバス停に向かって減速していく。

 どうやら日曜日でもやっているらしい。婆さんが二人、そのどちらかの付き添いだろう中年女性が一人、バス停でこちらの到着を待っていた。


 その婆さんの片方が、車窓のこちらと目が合った気がした。


「あ、茂子さん」

 すぐ隣で名前が出る。

 それが目が合った婆さんなのか、或いは付き添いの女性なのか、はたまたもう一人の婆さんなのかは分からない。

 分かることは一つ、先輩がその目の合った相手に小さく手を振っているという事と、付き添いの女性が気付いて手を振り返し、それから婆さんの耳元で何かを言っているという事。

 そして二人は別の場所に行くのか、妙明寺方面に行くこのバスに乗らず次のバスを待つという事=先輩との出会いはこの窓越し限りだという事。


「はい、バス動きます」

 乗降を終えたバスが動き始める。

 先輩はその時になって、俺が隣にいることに気付いたようだった。

「さっきの人ね……」

 俺が尋ねる前に教えてくれた。

「うちの近所の人」

 それだけでもう一度景色に視線を戻す先輩。

 何か隠しているとも、嘘をついているとも確証は持てない。

 嘘をついているとか何かを隠しているとか、そうやって疑ってみればそう見えるし、そう思わなければ何も感じない。


 結局、そんな事はすぐ俺の頭からも消えてしまった。

 それよりも遠くの景色に見えてきた目的地の方が大きなインパクトを持っている。

「あっ、見て見て!五重塔!」

 同じものを見つけた先輩が弾んだ声で俺を呼ぶ。

 町の北側にある山の麓の一角にミニチュア京都のような光景。目的地の妙明寺まであと少しだ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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