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塔の町で君と  作者: 九木圭人
一夜
14/34

一夜5

 その公園で、俺たちはしばらく花火を見上げていた。

 遠く、川の上で次々に現れては消えていく花火。赤や青や緑、様々な形の光が現れては、ほんの少し遅れて音が届く。

 当初考えていた川岸からのそれに比べれば随分小さいが、それでも十分だ。

「……ッ」

 となりでうっとりと眺める先輩の姿があれば、別にどこでも変わりはしない――思っても当然口にしない感想。

 夜の公園、俺たちはじっと花火を見ていた。

 手をつないだまま、ずっと。


 やがて一斉に無数の花火が打ち上げられ、川の上空を大量の光が埋め尽くした。

 その炸裂によって生じたのだろう煙がうっすら漂っているのさえ分かる明るさに、周囲が一瞬照らされて昼の光景を蘇らせる。

 爆竹のように連続する炸裂音。それら全てがしばらく続き、やがて光が消えて元の夜空に戻っていく。

「終わった……?」

 先輩の声にハッとしてスマートフォンを取り出して時計を確認。示している時間=終了予定と聞こえてくる遠くのアナウンス=只今を持ちまして終了しますというそれはほぼラグが無かった。

「終わりですね……」

 アナウンスの翻訳のように説明する。どうやら周囲も同じように終了を悟ったのか、パラパラと家路につき始めている。


「終わっちゃったねぇ~」

 それらを一緒に眺めながら先輩もまた呟いた。

 祭りの後の一抹の淋しさというものを今まで感じたことが無かったが、多分こういう感覚なのだろう。

 終わってしまった。

 先輩と俺とのあっという間の時間。


「……ねぇ」

「えっ、あっ、はい」

 その一抹の淋しさ=後は帰るだけというそれに割り込んだ、先輩の声=先程路地に駆け込んだ時のような、何か企んでいるそれ。

「ちょっと寄り道しようか」

 そう言った彼女の顔は、僅かな街灯の明かりしかない中でも、しっかりと微笑んでいるのが分かった。

「はい!」

「よし、じゃあ、行こ」

 一度手を放してスマートフォンを取り出し、何やらメールを打つ先輩。恐らく家に連絡しているのだろう。

「よし……っと。じゃあ、こっち!」

 それから再び俺を呼び、公園の出口に足を向ける。


「どこに行くんですか?」

「いい所。今風に言うところの映えるって奴?」

 今風にと言うが、そう言うの求めてそうな歳でしょうに――思ったけど言わない。

 代わりに俺もメールを送っておく。


 To:母

 Title:

 友達と寄り道します。

 ちょっと遅くなります。


 友達。そう友達だ。

 ――それ以外の言葉を意図的に頭から排除する。

「よし……っと」

 伝染した言葉でスマートフォンをしまい、それから先輩に続いて公園の外へ。

 既に人の帰った無人のそこを後に、先輩が案内するように住宅地の中へと足を進めていく。


「こっちの方来た事ある?」

「いえ……初めてっす」

 二人で並んで住宅街の間を縫うような道を進んでいく。

 先輩はよく知っているのか、一切迷うことなく路地を進み、角を曲がって進んでいく。

 古い庭付きの木造家屋の角を曲がり、二階建てのアパートの前を通り、突き当りの駐車場を右へ。まるで家の近くを歩いているようにスムーズに進んでいく。

「先輩はこっちの方詳しいんですね」

「まあね。ここに限らず、この町の事大体はね」

 そう言ってからからと笑う先輩。


「ねぇ、刑部君」

 不意にその笑いが収まって俺の方を振り向いたのは、それから数歩進んでからだった。

「……!?」

 意表を突かれた、というよりその表情に少しだけ驚いた。

 先輩は笑顔だった。それまでと同じように、楽しそうな。

 けれど振り返り際に少しだけ潤んでいた眼を拭って見せたその笑顔は、どこか寂しそうに思えた。


「あ……」

 そのほんの一瞬、目がそれを認識して脳に情報を送るまでのほんの一瞬のうちに、先輩の手は俺の方にすっと伸ばされた。

「やっぱり手、繋いで行こう」

 差し出されたそれに、俺は反射的に鏡写しの行動をとる。


「なんでですか……?」

 尋ね返しながら、俺も先輩も放す気はない。

「え~……なんとなく」

 答えながら、先輩は指をしっかりと俺のそれの間に滑り込ませる。

「……そうっすか」

「嫌?」

 答える代わりに先輩のその手をそのまま包み込むように握る。手の構造上、片方が指を絡めるようにするともう片方もそういう形になりやすい。


「……嫌ではないです」

 その握り方が恋人握りと呼ばれることを思い出して頬に熱が走ったが、手を放させるほどの事は無かった。

「フフ……よし」

 楽し気に笑った先輩と、再び腕を密着させて歩き出す。

 浴衣の袖のこすれる音と、草履がアスファルトに触れる音。


「~~♪」

 そしてそれらよりもはっきりと、先輩があの映画の挿入歌=Top of the worldの鼻歌を歌うのが――元気にアップテンポな俺の心臓以外に感知できる――急激に近づいた俺と彼女の間に存在する音だった。


(つづく)

今日は短め

続きは明日に

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