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塔の町で君と  作者: 九木圭人
一夜
13/34

一夜4

 指が絡み、その関係上腕も触れ合う。

 浴衣の生地がこすれ、歩幅を合わせてゆっくりと進む。


「……」

 先輩の顔を見ることは出来ない。

 いつまで続くのか分からない遅々とした行進の中に混じって、ただ人の頭だけを追いかける。

 唐突に、雷のように空が光った。

「おおっ!?」

 同時に響き渡る腹の底に響くような爆発音。

 前方で声が上がり、恐らくここにいた全員がそれを見上げた――すぐ隣の相手の顔を見ることを避ける口実のように俺も。

「わぁっ」

 先輩もまた同じものを見上げているのだろう。爆発の切れ目にため息のような声が聞こえてくる。

 立て続けに打ち上がる花火が空を輝かせ、スパークしたように空を明るくしてはまた消えていく。


「間に合いませんでしたね……」

 なんとも思っていない――そうアピールする、というか半分以上自己暗示のためにそう告げ、その勢いを利用して先輩の方を見る。彼女は空を見上げて、夜空の花に照らされながらもしっかり聞いていた。

「まあ、もう少しで川岸に着くでしょう」

「そうっすね」

 その楽観視は早速裏切られる羽目となった。

 花火の開始が合図だったかのように周囲は足を止め、それがこの周りだけではないと証明するように一向に前の方も動く気配がない。

「立ち止まらないでください。間を開けずにお進みください」

 どこからかアナウンスが聞こえてくるが、それでも空に見惚れた人間の足は遅い。

 恐らくゴール地点=川岸でも同じ状況だろうというのは容易に想像がつく。

 自分がたどり着いて空を見上げ、それ以上進めない事を知って足を止める。

 前に進む前提で列に並んでいた者達も一向に進まないためその場で空を見上げる。

 それが一列ずつ繰り返されて、俺たちの辺りまで影響しているのだろう。


 行列の中には既にここで見ることを決めた者達もいるのだろうが、生憎前方に背の高い者が複数いる関係で俺たちはそれではよく見えない。

「先輩?」

 不意に、周囲を見回している彼女の姿が視界の隅に映り、反射的に問いかける。

 彼女は明らかに何かを探している。


 直感:トイレ。

「……!」

 一緒になって人混みの切れ目から周囲を探す。

 彼女が浴衣に慣れているかどうかは知らないが、慣れていないなら余計に早く見つけなければ手遅れになりかねない。


「あっ」

 しかし探しているときほど、公園もコンビニも見つからないものだ――そう思った矢先に先輩本人が声を上げ、それからクイクイと俺の手を引いた。

「こっち」

 そう言いながら、俺の手を引いて行列の中から脱出する先輩。

「先輩?」

 トイレはこの辺りにはない。

 それどころか、列から離れて路地に向かっていく。

 人混みを離れ、空の光以外も建物の影に遮られているようなそこへと近づいていくことを尋ねようとしたが、それより彼女の答えが早かった。

「いい場所がある」

 そう言って振り返った表情は、子供の様に無邪気で楽し気で、花火の光の届かない路地の中で、彼女だけが輝いているように見えた。


 路地は奥へ奥へと伸びていて、左右に並ぶ民家の明かりだけが光源となっているような状況だ。

 その光もほとんどの家がそちらに面しているのは裏口のようで、窓から漏れる光以外には時折ぽつぽつと立っている街灯のぼんやりとした明かり以外にない。

 大通りの雑踏から離れていくにつれて花火の音も人の声も遠くなり、ただ聞こえるのは先輩の草履の音だけ。

 なんとなく、ちょっとした冒険のように感じるのは、この辺りがそれほど治安の悪くない、俺もよく知っている町の一部だと分かっているからだろうか。

 街灯の少ない細道を進んでいる不安より、この先がどうなっているのかという興味の方が掻き立てられる。

 ――そして勿論、自分の手を引いている先輩の存在もまた、それに拍車をかけているのだろう。


「いい場所って……」

「もうすぐだよ」

 暗い路地を進んでいく先輩。手を引かれてついていく俺。

 不意に建物と建物の間にある細い階段に差し掛かると、ほぼ直角に先輩がそちらに振り向く。

「この上」

 言いながら、少しだけペースを落として一段ずつ登っていくのを、俺もまた追いかけた。

 流石に階段の前には街灯があって、そのボロボロの狭くて急なアスファルトの段を照らしている。

 一直線に登っていくそれのゴールにも同じように街灯が設置されていて、とりあえず足元が見えずにスッ転ぶ危険性はなさそうだ。


 そのゴール地点の街灯に向かって、先輩は早足に登っていく。

「こっちこっち」

 片手で俺を引き、もう片手で進行方向を指さして。

「はい」

 答えながら、俺も彼女のペースに合わせる。

 ――小学生の頃、タナちゃんたちとこうやって遊んだっけ。


 その瞬間、頭の中に不思議な感覚を覚えた。

 上手く説明できないが、俺と先輩が小学生の頃から友達だったような、妙な感覚。

 昔懐かしいような、楽しかったあの頃に戻ったような。

 自分の口角が上がっていく理由は、多分一生かかっても説明できないだろう。

 とにかく、俺はこの先輩の抜け道を結構楽しんでいたのだ。


 そしてその楽しい抜け道のゴールは、階段を上りきったのとほぼ同時に訪れた。

「着いた!」

 先輩の弾んだ声と、指をさす先。

 細い道を挟んだ先にある、小さくて人気のない公園がそのいい場所だった。

「おお……」

 その理由は入る前から分かった。

 入口の反対側は崖のようになっていて、その向こうに川岸が、つまり花火が見えるのだ――川に近いビル二棟以外に遮るもののない状態で。

 恐らくその近所の人たちなのだろう、何人かがベンチに腰掛け、或いは遊具に寄りかかるようにしてこの穴場を楽しんでいるようだった。


「ね、いい所でしょ」

 その人々の姿こそが自分の提案の素晴らしさだと言わんばかりに、先輩は得意げに公園を手で示した。

「ですね」

 俺も素直に認める。

 実際、先程までより遠くからではあるがしっかり花火は見えている。

「……」

 それに何より、ここまでの道のりに退屈しなかったのだから。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

なお、明日は1時10分の予約投稿を予定しております

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