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塔の町で君と  作者: 九木圭人
プロローグ
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プロローグ

 未来はためらいつつ近づき、現在は矢のように飛び去り、過去は永遠に静止する――ドイツの詩人、シラーの言葉だそうだ。


 24時間経てば明日は今日に、即ち現在になる。つまり人間は常に現在を生きている。

 即ち、人間は常に矢のように飛び去り続けているのだ。

 ならば、永遠に静止している過去など、すぐに見えなくなってしまうのも当然だ。




 小学六年生まで過ごした町に戻ってきたのは、高校の入学式の一週間前の事。

 親の仕事の都合で東京で過ごした三年間、そこで出来た友人たちとの別れを惜しむ暇もなく戻って来た故郷の川見丸橋(かわみまるはし)市は、東京で矢のように飛び去った三年間のうちに随分と変わってしまっていた。

 30分に一本しか電車が来ない駅にはホームドアが設置されていたし、まだ工事中だった駅ビルは完成していたし、駅前のバスロータリーに面した本屋はシャッターが下りたままだし、その隣にあったパン屋も全国チェーンのコンビニになった。

 変わっていないのがどこにでもありそうなパチンコ屋と全国チェーンの牛丼屋だけというのは皮肉かもしれない。


 そのパチンコ屋の前を走っていくコミュニティバスに揺られる事20分の距離にあるのが、俺の通う事になる丸橋南高校。この川見丸橋には高校が四校あり、市内の中学生の大半はこの丸橋南か、市の中心を南北に流れる丸橋川を渡った向こうの丸橋北に進学する。

 あと二つ、県立川見台(かわみだい)高校は、他所の地域からも多くの生徒が通う県内有数の進学校で偏差値が全く異なるし、市の北西部に位置する丸橋学園は――川見丸橋の中学生はどんな馬鹿でもこの学校を回避するために受験勉強すると言われるような所だ。


 つまり、選択肢は実質二つ。故に大半の中学生の進学先となる。

 そしてそこで俺は、過去などすぐに見えなくなることを実感させられた。


「よう」

 クラスが決まったその日、帰ろうとする俺に声をかけてきたのは、同じクラスの生徒。

 向こうは俺を知っている――俺と同様に。

「おおタナちゃん!久しぶり」

「やっぱケイッチか!クラス表見て同じ名前あったからもしかしてって思ったんだけど」

 ケイッチ=俺――刑部瑞人(おさかべみずと)の小学生時代のあだ名を知っているのは、その頃よく一緒に遊んでいた田辺良悟(たなべりょうご)だ。


「東京から帰って来たのかよ」

「うん。一週間ぐらい前」

 タナちゃんは――当たり前だが――背が伸びて、小学生の頃はしていなかった眼鏡をかけていたが、変わったのはそこだけだ。

 そう思って話し続けようとした時、彼の背後から声がした。

「おーいナベ!」

 知らない声と知らない名前。だが、それがタナちゃんの事を呼んでいる声であるというのは、条件反射のように振り返った彼の反応が――そして俺を見つけた時よりもテンションの上がった様子が――何より雄弁に物語っていた。


「おおっ!ヨシ!!」

 タナちゃんの肩越しに声の主を見ると、向こうも同時に俺に気付いたようだった。

 だが、すぐにお互いに目を逸らす。彼からすれば用があるのはこのよく知らん奴ではなく、それと話していたタナちゃん=彼風に言えばナベで、俺からすればその空気の中に踏み止まっていられるほど図太い神経は持っていない。

「ナベ同じクラスだったのかよ」

「おお、みたいだな」

 そこで彼は自分を挟んだ二人の関係に気付いたのか、一度俺の方をちらりと見て、俺を示して話し相手に紹介する。

「ああ、こいつは俺の小学校の頃の友達で刑部」

 それから俺の方に振り返って、今度は方向を逆にしたように説明する。

「こいつ吉岡って言って、中学の頃一緒に吹奏楽部にいた奴」

 当然だが初耳だ。今お互いに会釈を交わしたその吉岡についても、中学で吹奏楽部にいた事も。


「そうだ、ナベ。松永先輩の所行くけど、ナベも行くだろ?」

「おお。行く行く」

 どうやらそっちで話があるようで、タナちゃんは彼と一緒に廊下の方に向かって歩き出しながら、俺の方を振り向くと「じゃあ、また」とだけ残してすぐに教室を後にした。


「お、おう……」

 そこで改めて周りを見て、彼等のような光景が決してレアケースではない事を知らされた。

 同じようなやり取りはそこかしこで繰り広げられていて、違いがあるとすれば、そこに俺のような部外者がいないという事だろうか。

 川見丸橋の中学生の大半は丸橋南か丸橋北に進学する。それはつまり、中学の三年間で出来た人間関係が、ほとんどそのまま高校に持ち込まれるという事だ。

 知り合い同士が同じクラスにいれば集まって再会を喜び、違うクラスにいればそそくさと教室を後にして仲間を探しに行く。

 高校一年生の初日ではなく、春休み開けのような空気の中で、俺一人だけが他所の中学に迷い込んでしまったかのように行く当てがなかった。


 結局、俺は一人で教室を出て、校門のすぐ近くのバス停へ。

「あ……」

 その時校舎の向こうに伸びる、天に向かって垂直に建つ塔が目に入った。

「宇宙塔か……」

 その名前を憶えている者はどれくらいいるのだろう。

 俺がまだ小学生の頃からある、いや、いつからあるのかと言えば多分俺が産まれるよりも前からある、この町で一番高い建造物。

 町の南部に広がる丘陵地帯=川見台の麓の辺りにぽつんと建っているそれが何なのか、少なくとも俺の当時の友人たちは誰も知らなかった。

 宇宙塔という名前も、当時流行っていたアニメに出てくる宇宙船を地球外に発射する施設に似ているからと誰かがそのアニメ内の施設の名前で言い出しただけで、本当の名前は誰も知らない。

 細長くて、何のために建っているのかも分からない三角柱型のその建造物が、この町に来て初めて、俺が知る当時のままのものなのかもしれなかった。


「……」

 そう言えば、タナちゃんといつかあの塔に登ろうって約束していたような気がする。

 きっと、彼はもう忘れてしまっただろう――俺だって今まで忘れていたのだ。先程のやり取りを見るにきっと充実した三年間を送って来ただろう彼にとって、いつかの思い出として思い出すことさえなかったのかもしれない。

 ――過去は永遠に静止する。矢のように飛び去る人間からは、すぐに見えなくなってしまうものだ。


「……」

 到着したバスに乗って、車窓の向こうに見える宇宙塔に目を向ける。

 走り出したバスは最初の信号を右折して、それきり宇宙塔もまた、見えなくなった。

 地元中学の続きのような高校だという認識は、翌日から日を追うごとに強くなっていった。教室内は出身校ごとの集まりが出来て、部活もまた同様だった。

 入学式から一週間のオリエンテーション期間中、多くの部活が新一年生の勧誘を行っていたが、その時には既に勧誘する側に新一年生の姿があることも珍しくなかった。

 タナちゃんのようにすでに人間関係が出来ていて、かつ同じ部活動を続ける者が多いこの学校では、新入部員勧誘などほとんど形だけだ。

 勿論、中には元の部活のメンバーが別の学校に進んだ者や、折り合いが悪かった者などもいるにはいるのだが、どちらにせよ、元の学校の仲間か同じ部活の仲間という人間関係から離れることはない。


 つまり、既にあるコミュニティーの拡大か再構築かでしかなく、俺のようにゼロからの人間関係構築という者はまずいなかったし、既に固まっている中に入って行ってそれが出来る程俺にはコミュニケーション能力なるものは備わっていない。

 更に言えばこれと言ってやりたいことがある訳でもない俺が、部活動という青春の代名詞みたいな代物に対してどういう態度を示すかは、もう考えるべくもない。


 オリエンテーション期間が終わった時、俺はこれからの三年間をどう過ごすのかを決めていた。

 俺は東京に舞い戻る。

 幸いなことに、死んだ爺さんの遺産は、俺一人を余程金のかかるところでなければ大学の入学金ぐらいあるとの話だった。

 この三年間は、ただその為の準備期間と割り切る。

 東京に行って何がしたいとか、行きたい大学があるとかではない。

 ただここから離れるために、俺は東京の大学に行く。そして東京で就職する。


 つまり、この三年間を耐える方向で決心を固めた。


(つづく)

たまにはドンパチも切った張ったもない話書きたい

一昔前というかふた昔前というかに流行ったような現代ものやってみたい


そんな思いから始まった作品です。

至らぬ点ばかりとは思いますが、生温かく見守って頂ければ幸いです。


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