VOL94 「中央フリーウェイ」
ひととの巡り合いは思いもしない
展開を迎えることもある。
22歳。
高校の同級生だったSは大学の
夏休みにひとりで自転車で
九州一周サイクリングをして
戻ってきた。
しばらくしてからウチに来いよ、
と電話が。
彼とはバイク仲間でもあり、
よく家へ遊びにも行っていた。
九州で撮ったたくさんの写真を
俺の前に置く。
相変わらずの行動力に感心しながら
見ていると「これを見てくれよ。」
とそこから1枚抜き取った。
喫茶店のドアの前で微笑む
ややポッチャリした女の子と
並んで立っている写真。
「熊本で喫茶店に入ってみたら
そこでバイトしてた子が
もうめちゃめちゃ可愛くてな〜。
ほんで住所を訊いて帰ってきてから
手紙と写真を送ったら
返事が来たんや、ホラ。」
キレイな字で書かれた手紙を
見せながらニヤケる彼は
完全にのぼせていた。
数カ月後、彼女はSに誘われて
ひとりで大阪まで出てきて
彼の家に数日間滞在し、
Sの両親にも気に入られていた。
それから3ヶ月おきくらいに
彼女はSの家にやってきて、
これは結婚するんやろな、と
思っていたけど2年ほどして
結局彼はフラレてしまった。
27歳の春。
高校の体育と保健の講師、
続いてスイミングクラブの
コーチの仕事を辞めた俺は
初の海外旅行でひとりで
1ヶ月近くアメリカを横断した。
帰国してあまりのシゲキから
まったく未経験の
アメリカンバー経営を決心した。
カクテルの作り方、メニューなどを
研究する日々。
壁、床、天井、ガス、水道、電気、
何もないゼロの状態から
店舗デザイナーとミーティングを
繰り返して新装工事が始まった。
1週間旅行をするなら今しかない。
ドゥカティ900マイクヘイルウッド
レプリカで初めての九州を
一周するツーリングに
出かけることにする。
Sはそれなら途中で久々に
あの彼女に会って、
家に泊めてもらったら?
と提案してきた。
まあ別れてもう3年も経ってるから
完全に割り切れてるんやろな。
Sが彼女に連絡をしてくれて、
九州を走り出して4日目くらいに
彼女に電話をして、夕方近くに
最寄りの駅で待ち合わせした。
白い小さなミラから降り立った
彼女は相変わらずグラマーながら
すっきりスリムになっていて、
タイトなスカートの下からは
スラッとした脚が伸びている。
そしてショートヘアはまさかの
滝のような柔らかいロングヘアに
変わっていて目を奪われてしまう。
バイクで車の後について
彼女の家に着いた。
牛を1頭飼っていて、すごい
素朴な環境で育ったのだと感じる。
方言がものすごい優しい笑顔の
お母さんに挨拶をすませて
ふたりで歩いて近くの焼き鳥屋へ。
食べて飲んで話して盛り上がった。
真っ暗な田舎道を戻って彼女の家の
敷地に着くと、素晴らしい星空に
感動して思わず地面に
大の字に寝転がってみる。
「うっわあーっ! スゴイなあ!」
「もおー、何をしてるのよお〜。」
彼女も笑いながら寝転がり、
俺の腕にドン!と頭を乗せてきた。
ええっ!
ドキドキする。
これってSにわるいのかな?
でももう過ぎたことなのかな?
俺は惹き寄せられるように
キスをしてしまう。
夏。
アメリカンバー開業の直前、
今度は飛行機で熊本へ。
彼女の車での2泊ドライブ旅行。
雲仙などを案内してもらった。
最終日、警報級の大雨で1泊
延ばして大阪へ戻る。
これが遠距離恋愛というものか。
Sのせつなかったであろう気持ちが
よくわかるよ。
秋。
初めて伊丹空港の到着ゲートで
彼女と落ち合い、駐車場へ。
新車で買ってまだ半年も経たない
赤のユーノスロードスターに
乗り込む。
「屋根を開けてもいいかな?
いつでも開けてるんよ。」
「うわあ、オープンカーなのね!
うんうん! 開けて開けてっ!
私こんなん初めてやわ〜。」
阪神高速池田線で大阪へと向かう。
彼女は風に舞う髪を押さえながら
目を輝かせてはしゃいでいる。
まさかこんなことが起きるなんて
もちろん6年前の俺にはまったく
想像もつかなかったのだった。
ピカピカ新装の俺のバーに入ると
彼女は目を丸くした。
カウンター席の端に座って
俺が勧めたカクテルを飲みながら
土曜の夜の俺の忙しい仕事ぶりを
眺めている。
閉店してシャッターを閉めると
そこは俺の最高にお気に入りの
贅沢な空間だ。
オレンジ色の照明を少し暗くして、
BGMは欧米ロックから静かな
ジャズに変える。
彼女と自分のカクテルを作って
カウンター席に並んで座る。
「高校の先生やったのに
まさかこんなステキな店を
経営することになるなんてねえ。
もう意外過ぎてオドロキやわ。
お客さんいっぱいやったね。」
「先生も貴重な経験やったけど
バーもほんまにおもしろいわ〜。
俺、この店めちゃ好きやねんよ。」
大阪へ出てきてほしかったけど
彼女は家族から離れられなかった。
会社員になった彼女とは
週末の1、2泊でしか会えなかった。
Sと同じく3ヶ月おきくらいに
2年ほどつきあい別れたのだった。
アメリカンバーは14年間営業した。
Sとは今も変わらず仲がいい。
ハイファイセットの
「中央フリーウェイ」の
ユーチューブ動画を見つけた。
赤い車が走り出す。
山本潤子の透明感に満ちた歌声と
爽やかな演奏をバックに
黄昏時の高速道路の
緩やかなコーナーを走り続ける
車載カメラの映像を見ていると、
遠いあの日の自分達の姿に
重ね合わせてしまう。
「中央フリーウェイ」
https://youtu.be/A-OkjmLvln8?si=J1gIDVpEq944Ru43