VOL82 「屋上はヤバイぜ」
子どもの頃から電柱のてっぺんまで
登ったり、3m以上ある壁の上から
飛び降りたり、よく高い所に登って
遊んでいた。
子ども、特に活発な男の子は
親の知らないところで命に関わる
遊びをしたりする。
周りの友達の前で無理して勇気や
行動力を示したいのか、
挑戦することで達成感を得たいのか?
女のひとにはあまり想像できない
意味のないバカげたことかもしれない。
なぜこれはちょっとヤバイぞ、
と感じながらもわざわざ危険なことに
足を踏み込むのか?
その経験から感じること、知ることは
結果的にその後おとなになってから
何か重要なことへと
繋がっていくのだろうか?
中学に入ってすぐに高鉄棒から
吹っ飛んで左腕の骨折と肘の脱臼で
全身麻酔の手術を受けて、
10日間人生でただ1度の入院をした。
全治半年もかかった。
入院してから3、4日して悪友二人が
イチゴを持って見舞いに来てくれた。
退屈してたからありがたかった。
しかし、、、。
不用意にベッドのシーツの上に
イチゴを置いたらその辺りが
真っ赤に染まってしまった。
それを見た若い看護師さんが
呆れている。
悪ガキはジッとおとなしくなんて
していられない。
初めて見る肘の上から指まで覆われた
固いギプスに興味津々で、
コンコン!とノックをして
「痛い?」と訊いてくる。
「アホか! やめろ!」
と慌てる俺の反応を面白がってさらに
「なんやとお?」と両手でギプスを
握って力任せに押し潰す真似をして
俺をビビらせた。
大笑いしている二人を見て、
コイツらにとってはこれは見舞い
という名の遊びなんやな、と思った。
「えー天気で外は暖かいで〜。
屋上に行こうや。」
悪ガキは質素で静かな病室に
10分もいられないのだ。
10センチほども切開して手術したから
それまで痛くてトイレに行く以外は
動く気にもなれなかった。
太く重いギプスを肩から三角巾で
吊って慎重にゆっくりと歩く。
屋上に出てみると見晴らしがよく、
4月末の陽気が気持ちいい。
広々としたコンクリートの床の
周りには腰の高さほどの柵が
設置されている。
二人は柵を越えて外側に出た。
柵から端までは1mほどのスペースが
あり、幅20センチ、高さ20センチ
ほどの縁で囲まれている。
ひとりがヤジロベーのように両腕を
左右に拡げてその縁の上を
歩き始めた。
もうひとりも後に続く。
このアホどもは4階の上で
一体なんということをするのだっ。
「うわ! やめとけ!
向こう側に落ちたらどうするねん!」
俺が叫ぶと、ヤツらは余計に調子に
乗ってなんと今度は片足ケンケンで
進んでいくではないかっ。
「ホレっ! ホレっ!」
「ホンマにアカンってえーーっ!!」
俺はたった12歳でこんなしょーむない
ジョーダンでもし誤って転落死したら
めちゃくちゃ後悔することになるやんか!
と想像して身悶える。
10mほど進むと二人はやっと満足気に
柵を越えて戻ってきた。
俺はショックですっかり
疲れた気持ちになってしまった。
なんでいつもつるんでいる
一番の仲良し二人はこんなに
ムチャクチャなんやろ?
でもこの二人は活発で明るくて
運動神経がよくてリーダー気質が
あって、小学校では男からも女からも
学年全体でトップクラスに
人気があったのだった。
30歳くらいの頃、近所を歩いていると
頭上にチラチラと何かが動くことに
気付いた。
見上げてみると4、5階建てマンションの
屋上に2人くらいの小さい子どもの
姿があった。
ええーーーっ!!!
ヤバイっ。
俺は慌ててエレベーターに乗って
屋上へと向かった。
ドアを開けて出るとなんと4〜7歳くらいの
男女5、6人がそこで遊んでいたのだった。
恐ろしいことにここにはあの病院の
屋上のような柵も縁も何もなく、
ただの平面である。
「ちょ、ちょっとキミ達!
みんなこっちにおいでっ!」
子ども達は素直に集まってきた。
こんなに何人もの子どもと接するのは
スイミングクラブのコーチを
辞めて以来初めてだ。
俺はしゃがみ込んで輪になった
子ども達の顔を見廻して、
コーフンした強い口調で
怖がらせないように深呼吸して
声のトーンを少し落として言った。
「あのな、ここでは絶対に遊んだら
アカンねんよ。
もし、あそこから下に落ちたら
死んでしまうんやで。
死んだらもうお父さん、お母さん、
きょうだいと一緒にゴハンも
食べられへんようになるんやで。
これからもうゼーッタイにここには
上がってきたらアカンで。
わかったひとっ!」
「はあ〜〜い。」
みんな一斉に手を挙げる。
「よっしゃ、下に降りよう。」
しかし、なんで誰でも上がれる屋上の
ドアに鍵もかけてないんやろなあ?
もし、俺がこの子らに気付いて
なくて、誰かが転落してたら?
と想像すると胸がザワザワした。
子ども達と別れて30分ほどしたら、
たまたままた道で出くわした。
ひとりが俺を指差して叫んだ。
「ああっ! イノチを救ってくれた
お兄ちゃんやっ!」
「お、おお〜、、、。」