VOL5 「ドツキ合いの果てに」
小3から視力が落ち始めて
オトナになってついには0.03に。
重いメガネや扱いがわずらわしい
コンタクトレンズがなければほとんど
見えない状況で長年多くの制約、不便に
囚われて生活していく日常だった。
38歳?でレーザー手術を受けて
かなりよく見えるようになった。
いつもの川に浮かんで裸眼で青い空と
ゆっくり形を変化させていく雲を眺めた時、
サイコーの開放感に浸った。
世界はこんな風に見えてたんや!
友達のドミニクに前から勧められてたけど
諦めていた空手。
視力を得て可能性が大きく拡がった。
今なら俺にもできるぞ!
39才?で沖縄剛柔流空手に入門。
オッチャンになって格闘技を始めたら
周りはちょっと驚いていた。
先輩や師範らのレベルは高くて、
技術だけでなく、礼儀や精神的なものまで
自分なりに学ばせてもらった。
大阪体育大学卒で(器械体操が専門)
27歳までは高校での講師や
スイミングクラブでのコーチをして
スポーツには馴染んでいたけど、
武道はさらに奥深い、
刺激的なもののように感じた。
俺は行動的で激しい一面もあるけど
普段はまあ温和な性格だ。
20代前半の時に、酔っぱらって帰宅した
オヤジに生涯ただ一度だけ殴られて、
たまたま泥酔してた俺も反射的に
殴り返してしまったことと
(2日間家出、猛反省して自活する
と言ったけどオヤジに止められた)、
30才くらいの頃にミナミで成人式帰りの
数十人の大乱闘に巻き込まれた友達を
救い出すために殴ってしまった以外は
ケンカとは無縁。
空手を始めて半年くらいで、
別の支部の同じく経験の浅いひとらと
試合をすることになった。
4人だけでのトーナメント戦。
剛柔流ではまだ初心者でもムエタイ
(タイ式キックボクシング)出身
という選手と第1試合。
俺より5歳以上若い。
人生初の真剣勝負!!
グローブとすね当てと透明の
プラスティックの面の防具を着ける。
2分1本勝負。
技ありを5本先取で勝ち。
戦い方なんてわからないからとにかく
前へ出て攻め続けようと考えて
試合開始と同時にガンガン打って前進。
意外とパンチが当たる。
技ありを先取。
やった! いけるぞ!
相手も負けずに打ち返してくる。
ムチのようにしなるムエタイ式ハイキックの
衝撃がとっさに防いだ腕とマスクを通して
どおーーん!と頭に響いてくる。
うおぉーっ、これがムエタイかあ!
「こっちはドシロートやのに、
こ、この経験者ズルいぞー!」
経験のない恐怖心とともに
かああーーーっ!と闘争本能に火がつく。
横へ避けても次々とパンチが、キックが、
追いかけてくる。
相手のマスク越しの目が怖い。
俺はいったいなんで見ず知らずのひとと
ドツキ合ってるんやろう??
と今さらながらこの状況をフシギに感じる。
胸にパンチや前蹴りを、
脚にローキックを食らう。
ほとんどケンカをしたことのない
俺にとっては痛いだけでなく、それよりも
何度も殴られ、蹴られるということ自体が
すごくショッキングな体験だ。
しかも練習を積んできた格闘家の
本気の攻撃は強く、重い。
ビビッて距離を取って受け身に
回ってしまうとハイキックが飛んでくるから
思い切って接近戦に持っていく。
興奮と緊張で急激に喉が渇く。
ハアハア、、、、。
息が切れてきて、腕も脚も
みるみる重くなってくる。
あと1分か? 40秒くらいか?
前へ進み続けて、攻めて攻めて、攻め続ける。
技あり5本対3本で勝った。
やったぞ!
さほど時間をあけることもなく
次の試合が始まる。
たった2試合だけどこれが決勝だ。
さっきの試合の影響で
体があちこち痛く、重い。
この状態でもう1回やるのかあ。
第1試合で極真空手経験者の選手に勝った
身長187センチ!のイギリス人が相手。
身長差15センチ。
マジか、、、、。
トシも3つ下だ。
彼は知り合いで、いつもはすごく
穏やかだけど、さすがに試合になると
闘争心むき出しで襲いかかってくる。
長い腕で槍のように頭の上から
突き下ろしてくるパンチは体重が乗っていて
めちゃくちゃ重く、体の芯にまで響く。
階級が違うやろおー!
体が大きいのに予想外に動きも俊敏で
回り込んで攻撃をかわしても
追撃されて焦ってくる。
落ち着け。 落ち着け。
ローキックが当たるとすごく痛そうな表情を
するんで、脚が弱点だと感じて太腿と
ふくらはぎにキックを連打。
みるみる動きが鈍ってきた。
5対2で勝った。
試合後、彼はまともに歩けなくなっていて、
真っ赤に腫れあがった脚を俺に見せて
「君のキックは強烈やったよ。」
と称賛してくれた。
な、、、なんとか優勝だあ!!!
極度の疲労感と達成感、、、。
少なくとも俺は弱くはなかったんや。
今まで知らなかった自分。
生まれて初めての本気のドツキ合いで
2試合とも必死だったけど、
興奮しながらもどこか冷静で、
貴重な経験を楽しんでいたと思う。
ひとを殴ることなど許されないこの社会。
文明社会の中で普段は奥底に隠している
闘争本能、戦闘能力をすべて開放して、
自分がただの闘う動物となる究極の
非日常空間。
格闘技、試合、ってすごい。
自分自身さえも知らなかった
原始の自分に触れるのだ。
練習には仕事の後で途中からしか
参加できないことがほとんどだったけど
7、8年続けて茶帯1級でやめた。
大切なことを学ばせてもらえた。
法律や社会のマナーに保護されて
基本的には当然のように安全に暮らしていける
現代の人間はある部分生命力が弱められて
いるんじゃないか?
自身のポテンシャルを知らないんじゃないか?
自分はニンゲンである以前にドーブツなんだ!