VOL47 「亡き友もまたマニアック」
数日前に永らく会っていない友達
シピンが2年も前に亡くなっていた
と知った。
このことを誰も知らなかったなんて
あまりに悲しいではないかと思って、
高校の同級生10人のグループライン
にシピンを偲んでヤツとの
印象深い想い出を綴ってみた。
好評だったので、ここにかなり
個性的だったシピンとのエピソードを
5つ披露してみましょうか。
「プロローグ」
シピンは俺の家から歩いて30秒の
庭のある二階建ての家に住んでいて、
自宅周りの数軒の家屋を貸している
お金持ち家庭のひとり息子だった。
3歳の時にシピン宅の庭でヤツと
手を繋いでいる写真の裏には
「まだオムツをしています」
とオカンのメモ書きがあった。
俺のジンセイ初の友達は
このシピンだったのである。
小、中学では交流がなくなってたけど
高2で同じクラスになって改めて
つきあいが始まった。
高校を卒業してイエロープレーンで
バイトを始めると飲食業界が性に
合っていたのかすごく楽しそうで、
おとなしかったヤツはよくしゃべる
社交的な人間になっていった。
すぐに正社員になり、やがて店長に。
ビールをガンガン飲むようになり、
外見も別人のように派手に変わった。
ヤツの血筋は優秀なのか、親族は皆
カタくマジメと言われていた。
ショッキングピンクのアロハシャツ
の下には夏でもグレーの腹巻き、
黒のジャージ、なぜか女物の
ハイヒールサンダルを履いて、
髪をディップでツンツン立てて、
焦げ茶のサングラスをかけて、
ニワトリのようにカクカク歩く
シピンだけが一族の落ちこぼれ扱い
らしかった。
フツーにしてたらイケメン
やねんけどなあ。
「エピソード1 髪は自分で切れ」
ロックバンドを一緒に始めて、
RCサクセションが大好きなシピンは
ヴォーカルをすることになった俺に
アドバイスしてくれた…
「清志郎はなあ、もっとこう体全体
クネクネしながら歌うんや。
勉強せーよ。」
そうか、ヤツのツンツンヘアーも
清志郎をマネてたのか。
なんと自分で髪を切ってると言うから
驚いて、一体どうやって切るのかと
訊くとヤツは三面鏡の前に座った。
左手で前髪をつまむと右手に
ハサミを持ち、マブタが下側から
閉じるというウワサの
どこを見てるのかよくわからない
焦点の合わない目で言った。
「こうやってつまむやろ?
、、、切るんやあ〜。」
「、、、。」
説明を求めた俺がバカだった。
ヤツは感覚だけで行動している
タイプなのだ。
それから俺は失敗を繰り返しながら、
途中の2、3年だけ美容室で
切ってもらったのを除いて
一昨年の夏まで40年間ずうっと
自分でサンパツしてきたのであった。
現在は初のロン毛である。
「エピソード2 忍者は存在する」
ある日シピンの部屋に入って、
奥の木の柱に縦に5センチくらいの
深いキズがあることに気付いた。
「ああ、これか。
この前オヤジがえらい怒ってなあ、
台所から包丁を取ってきて
手裏剣みたいに投げたら椅子に
座ってる俺の頭のすぐ後ろを通って
そこにドーン!って突き刺さってん。
忍者みたいやろ、アハハ。」
数週間後、一緒に出かける時に
迎えに行くとなぜかシピンのオヤジが
玄関に出てきた。
「遊びに誘い出すな!」
と忍者に怒られて怖かった。
「エピソード3
助手席で運転することもある」
オールナイトのバンド練習で明け方、
シピンの軽ワゴンでケンと俺は
家まで送ってもらっていた。
「徹夜はやっぱり疲れたなあ。」
ケンはしばらくすると後部座席で
寝てしまい、車内はシーンと静かだ。
ん? あれ?
車がだんだん右の方へ寄って中央線を
越えて反対車線に入っていく。
助手席の俺がハッ!と右を向くと、
なんと運転手のシピンが窓に頭を
もたせかけて上を向いて口を開いて
完全に眠っているではないかっ!
あと1m右へ寄ると1mほどの段差の
田んぼに突っ込んでしまう。
アカン!!!
咄嗟に俺は手を伸ばしてハンドルを
左にグイッと切って叫んだ。
「おい! 起きろーーっ!!!」
シピンはカッ!と目を見開いて
車を路肩に寄せて停めた。
目を覚ましたケンは何が起こったのか
わからず、俺の剣幕に驚いていた。
いつもヘラヘラしてるシピンも
この時だけは真顔で謝ってた。
あ、あぶなかったあ〜。
「エピソード4 狭山病院事件」
ある夜、バンド練習の後に
いつものようにイエロープレーンで
ウダウダとミーティングをしていた。
するとシピンが妙なことを言い出す。
「なあ、狭山病院って知ってるか?
幽霊が出るらしいで。」
バンドリーダーの塚原が続く。
「おおー、それそれっ!
この前なラジオ番組で言うてたで。
夜中におばちゃんがボワーっと
立ってるらしいぞ。」
「ええーっ! なんやそれ。」
人一倍怖がりのケンをやっと説得して
今から確かめに行こうという話に。
怖いからみんなで行く方がいい、
となったのかどうか忘れたけど、
5人乗るにはやや狭い宮西の
セリカ1台に全員で乗って出発。
ウワサの病院から50mほど手前の
砂利の空き地に車を停めて、
真っ暗な中を身を寄せ合って
ゆっくり進んでいく。
真っ直ぐな石の階段があって
3階くらいの高さまで登ったところに
小さなクリニックの玄関があるという
フシギなつくりだ。
下からぼんやりと薄暗い照明に
照らされている。
誰かが声を殺して言う。
(お、おい! あれやろっ!)
玄関のすぐ脇に犬のヒモを持った
おばちゃんの姿がっ!
うわーっ、マ、マジか、、、。
初めて幽霊を見たショックで
呆然としてしまう。
でも20秒ほどしてハッキリと見える
ことが逆に不自然な気がしてきた。
あれ? もしかして、、、?
すると塚原が俺に耳打ちしてきた。
「おまえ、もうわかったんやろ?
そうや、あれは作り物やねん。
シピンのアイデアでみんなを
ここへ連れてきたんや。
ケンと宮西は気付いてないから
まだ言うなよ。」
なああああーーーんや!
ホンマに幽霊やと思ったのにい〜。
そうや!
全員にバレる前に脅かしたろっ。
「て、手が動いたあーーっ!」
俺は叫んで車に向かって走り出した。
「うわあああーーーっ!!!」
みんなが一斉に走る。
なぜか仕掛け人のはずのシピンと
塚原もが必死に走っている。
暗闇に響く足元の
ジャッ! ジャッ! ジャッ!
という砂利の音とみんなの叫び声で
俺もまたパニックになってしまう。
「早く! 早く!」
宮西がドアのロックを開けると俺は
助手席のシートの倒し方がわからずに
そのまま狭い隙間から無理矢理に
後部座席になんとか体を押し込む。
ケンはビビって泣きそうになってる。
やっと全員が乗ると、宮西が砂利を
跳ね飛ばして急発進、車が蛇行する。
「おいおい宮西!
事故したらアカンで!
ゆっくりやあ!」
少し先で路肩に停車してもらってから
実はジョーダンだったとバラすと
「おまえ、慌ててこのシートを
倒さんとこんな狭い隙間から
必死に乗り込んでたやないかあ!
あれは演技やったんかっ?」
と呆れられた。
いやいや、マジで慌ててたんよな。
シピンと塚原による夜中の大掛かりな
ドッキリ作戦は予想を越える大成功
となったのだった。
「エピソード5
ヤツにピッタリの車」
ピンポーン。
ドアを開けるとシピンがみかんを
かじっている。
みかん? え?
ヤツは正月のために玄関ドアの上に
付けられた飾り物のみかんを
半分だけちぎって食べていたのだ。
「おっ、おまえ、
何を考えてんねんっ!」
う〜ん、オヤジがこれを見つけたら
どう思うんやろなあ?
シピンは車を修理に出していて、
代車のセドリック?で
俺を迎えに来てくれていた。
軽自動車ばかり乗り継いできてる
ヤツには大きい車体の運転は
難しいのか、驚いたことに前も後ろも
ぶつけてかなり凹んでいた。
「まあ、乗ってや。」
トカゲみたいな目をして手招きする。
助手席に乗って後ろを見ると
後部座席の足元はビールの空き缶
だらけだった。
呆れてシピンの方に向きなおると
ヤツは運転席でビールを飲んでいる
ではないか。
飲酒運転じゃなく「飲酒中運転」だ。
走り始めてしばらく進むと車は
すうっと中央線を少し跨いだ。
するとシピンはハンドルをグイッ!と
大きく直角くらいまで左へ切る。
道路の左端に近づくと今度はまた
大きく右へと切る。
車はゆったりと蛇行して走っていく。
「この車な、ハンドルのアソビが
めちゃ大きいねん。
まっすぐには走られへん。」
い、いやいやいや、そんなアホなっ。
車屋が代車で使わせるものが
そんな状態なわけないやろ。
目的地に着いて降りようとすると
ドアが開かない。
「ああ、それなあ、
壊れてて内側からは開けへんねん。
オンナを乗せた時には
ちょうどえーやろ? アハハ。」
「コ、コワい車やなあ。」
用事を済ませてまた車に乗る時に
「ちょっと代わってみい。
アソビが大きいって?」
と試しに運転させてもらった。
、、、ホンマやった。
「お、おまえ、こんなハンドルで
よー運転できるよなあ。」
「まあなー、慣れ、や。
車屋がもう修理は終わってるでから
はよ代車を返しに来てくれ、
って最近うるさいねん。」
「最近、、、って。
今でどれくらいこの代車に
乗ってるんや?」
「う〜〜ん、もう半年になるな。」
「は、半年やとお〜??」
マニアックなレオの亡き友もまた
マニアックなヤツでした。
シピン、安らかに眠ってれ。