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マニアックなレオ  作者: レオ
22/115

VOL22 「アメリカンバーの夜は更けて その3」

1990〜2004年アメリカンバーを

経営していた。

お客さんの1割くらいがガイジン。

ベトナム人のTJは小さく丸いレンズの

メガネをかけて、長髪を後ろに束ねた

アーティストみたいな風貌だ。

まだ25歳くらいなのに口癖ですぐに

「When I was young」

と言うから

「いやいや、今でもまだ充分若いやんか。」

と笑いながら言うと、テレくさそうに

「younger(もっと若かった頃)」

と言い直す。

ある日TJがメニューを見て

「このコロッケには肉が入っているのか?」

と訊いてきた。

「細かいのが少し入ってるよ。」

「そうか〜、アブナイ、アブナイ。

砂糖アレルギーなんだ。

肉にも反応してしまう。」

「うわあ〜、それはタイヘンや。

でもそれって珍しいよねえ。

砂糖を摂るとどうなるの?」

「頭の中でプシュウッ!て音が鳴って

フワァーってなってしまう。」

「ええ〜? な、何それ??」

「プシュウッ、、、。」

彼はおでこの前で握った手をパッと開いて

半分目を閉じて頭を反らした。

「砂糖が入ってるのを知らなくて食べても

反応するんよね?」

「そう。 プシュウッ、、、。」

また同じしぐさを繰り返す。

俺はひどいニンゲンかもしれない。

その時彼の体の中でにいったい何が

起こっているのかに好奇心を抱いてしまって

実際に「プシュウッ」の場面を見てみたい

気持ちになってしまったのだった。


また別の日に

「TJって何かの略語なの?」

と訊くと

「ボクの名前の発音が難しいから

TJにしてるんだ。」

と答える。

フランス語は喉を使っての発音が難しいから

子どもの頃から練習させられると聞いたけど、

ベトナム語もそんな感じなのかなあ?

「それから、ボクの名前、プレゼント、

アイ・ラブ・ユー、この3つの発音は

それぞれ少し違うんだけど、

キミには同じに聴こえると思うよ。」

う〜ん、英語のsinkとthinkの差みたいな?

「言ってみてよ。」

「ボクの名前が☆▲♂◎%□@で、

プレゼントが☆▲♂◎%□@、

アイ・ラブ・ユーが☆▲♂◎%□@。

どうかな?」

まったく聴いたことないことば。

「ええ〜? まったく同じみたい。」

彼はもう一度繰り返した。

「ベトナム人にはこの3つの違いがわかるの?」

「もちろん、わかるよ。」

まあ、ガイジンには日本語だってムズカシイ。

病院と美容院の差とかわかりにくいしなあ。



店のすぐ近くに引っ越してきたアメリカ人の

シャーリーンは幼稚園で英語を教えている。

「日本人の子どもってホンっトにキュートだわ。

でもね、教えるのがタイヘンなの〜。

私が英語でゲンキ?って訊くでしょ。

そしたら子ども達もゲンキ?って

私の真似をして言うから、

No, No、私がゲンキ?って訊いたら

Fineって答えてみて、って言ったら

また子ども達もNo,No、、、って私が言った

ことばをそのまま繰り返してしまうのよ。」

「あ〜、それはムズカシイよねえ。」

彼女はいつも明るく、楽しそう。

今週末はバイク仲間でBBQやるねん、

と言うと子どもみたいに

「私も連れていって!」

と叫んだ。

いつものように赤いユーノスロードスターの

屋根を開けてシャーリーンを迎えに行く。

「ワーオ! クールな車ねえ!」

緑の峠道を走り抜けていくと彼女は

気持ちイイと喜んだ。

7、8人のバイク仲間は俺より5、6歳年下で、

俺はまだ20代の頃からジジイ、長老、

と呼ばれていた。

たぶんガイジンと接したことのない彼らは

車から降りた茶髪でくるくるカーリーの

シャーリーンを見てビックリしている。

「ちょっとだけ日本語話せるから

気軽に話しかけたってな〜。」

あいにく雨が降ってきたけど、

シャーリーンは楽しんでくれていた。

「この前イタリアンレストランに

二人で行って、その時シャーリーンが

イカ墨スパゲティを初めて食べてん。

おいしい!ってニッコリ笑ったら、このいつも

真っ白でキレイな歯がもう真っっっ黒で。

うっわあ〜、本物のドラキュラやあ!

ってめちゃビビったよ。

鏡で自分の歯を見てシャーリーンも

ゲラゲラ笑ってた。

瞳が蒼くて歯が真っ黒の白人って

ホンマにスゴい迫力やでえ〜。」

「アハハハハッ! 

そう、私ドラキュラ〜! ガブぅ〜〜っ。」

シャーリーンは両手のツメをみんなに向けて

噛みつく仕草をしながら無邪気に笑う。

みんなにもくだけた国際交流が

シゲキになってるみたいだった。


シャーリーンが電話をしてきた。

「お腹が痛いの。」

車に乗せて病院へ連れていく。

医者も看護師も英語を話せなくて、

俺に診療室に入って通訳するようにと

頼んできた。

え〜っ、医療関係の単語って

ムズカシイんやけどなあ。

部屋に入った俺に気付くと

診療ベッドで寝ているシャーリーンは

心細そうな半泣きの表情で

「レオ、助けて〜。」

と小さく呟く。

医者は彼女が妊娠してるか?と俺に訊いてきた。

「あ、いや、ボクはただの友達なんで

わかりません。」

確認してほしいと言うので、

う~ん、なんかレディには訊きにくいよなあ

と思いながらシャーリーンに尋ねる。

「いいえ。」

昨日何を食べたか?とかいくつか通訳する。

このひとはもし俺がいなかったら

どうやって診療していたんやろ?

医者がシャーリーンのお腹をあちこち

押さえながらどの辺りが痛いかを

探っている間も彼女は不安そうに

俺の顔をジッと見上げている。

「レオ〜、、、。」

原因が何だったか忘れてしまったけど

薬を処方してもらっただけですぐに

体調はよくなってホントによかった。

彼女にまた明るい笑顔が戻った。


1年ほどしてシャーリーンが急に

アメリカに戻ることになった。

そっかあ〜、寂しいな。

彼女は月2、3回バーに飲みに来て、

プライベートでも女友達と一緒に

知り合いの舞台を観にいったり、

時々ヤキトリに行ったり、

仲良くしてたけど、もうサヨナラか。

彼女は俺のほっぺたにキスすると

「レオ、手紙をちょーだい。」

と連絡先を書いた紙を渡してきた。

初めてのガイジンとの文通が始まる。

まだそんなにPCが普及してない時代。

彼女はワープロで、俺は手書きで

文通は1、2年続いた。

実家の広い広い畑でオーバーオールを履いて

微笑むシャーリーンの写真。

まるで映画のワンシーンみたいだ。

やがて、彼女は結婚した。

いつの間にか交流はなくなったけど、

メニューでイカ墨という文字を見ると

ふと彼女を想い出すんだ。


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