VOL16 「迷宮の喫茶店」
中学では器械体操部に入っていた。
1つ年上3年のキャプテン
松田先輩は浅黒く、ワイルドで、
完璧な筋肉から繰り出される
体操の技のキレは素晴らしかった。
とにかくカッコよくて、モテてた。
「壁ドン」ということばが流行る遥か昔、
すでに中3にして校舎の壁に
女子を押し付けてクドいていた。
鵜山先輩はロックが好きで
エレキギターを弾いていた。
ある日、部活動のあとに先輩2人について
数人で先輩の行きつけの喫茶店に入った。
俺はナマイキに普段から数軒の喫茶店に
よく通っていた。
「音楽茶室」。
なんか変わった名前やなあ。
しばらくコーヒーを飲みながら話したあと、
松田先輩が
「おい、奥に行くぞ。」
と言った。
「奥?」
B室と札が掛けられているドアを
開けて驚いた。
広い!!
「なんや、ここは??」
まさか喫茶店の奥にこんなスペースが
あるなんて。
旅館の大広間のように畳が30枚くらいも
敷き詰められていた。
コーヒーが200円くらい?の時代。
50円払うとB室に入れた。
いくら騒いでもいいという。
なんておおらかな店なんだっ。
そんな広い畳の部屋に入ったのは初めてで、
みんなコーフンして
プロレスごっこをして暴れた。
板の間じゃなく畳だから痛くない。
しばらくして落ち着いて部屋をよく
見て廻ると、隅にデカいステレオが
置いてあるのに気付いた。
洋楽のLPレコードがいっぱいある。
同級生は歌謡曲やフォークソングばかりで
誰も洋楽を聴いてなかったみたいだけど、
俺はピアノを弾くオカンと9歳上のアニキの
影響で小学生の頃から4スピーカーの
ステレオでクリアーな音質で
いろいろと聴いていた。
たぶんどちらかの先輩がレコードを
選んだんだと思うけど、
初めて聴くなんとも美しい物悲しい
アコースティックギターの
アルペジオの旋律とオカリナの音、
そして寂しげな歌声が俺を惹きつけた。
かなり長い曲は徐々に盛り上がって
ハードロックへと変貌、
エレキギターのソロから予想外の
激しいフィナーレへと向かう。
スローダウンして静かに終わった。
「な、なんや、このスゴい曲は!?」
その圧倒的な表現力は衝撃だった。
天国への階段。
レッドツェッペリンとの出会い。
俺はすっかりこの音楽茶室という
フシギな店を気に入ってしまい、
ひとりで足を運ぶようになった。
誰ひとりいない広い広いB室で
大音量で音楽を楽しんだ。
クイーンもこの店で知って、
その複雑で個性的な楽曲に感心した。
高校生になって行動範囲が拡がって
何十軒も喫茶店を巡るようになり、
数年後に思い出して行ってみると
とても残念なことに音楽茶室は
なくなっていた。
2010年に友達ドミニクとメンバーを
集めてロックバンドを結成、
あちこちの店で忙しくライヴ活動を
展開していった。
天国への階段はお客さんに人気が高いし、
演奏するとウキウキするんやけど、
ロバートプラントの声のキーが高すぎて、
サビの部分は残念ながら1オクターブ下で
俺が歌っている。
ボヘミアンラプソディーは構成が複雑で
コーラスを重ねながら演奏して
再現するのは難しいけど、
評判がよくて、達成感がある。
中学生だったあの頃、
まさか将来イギリス人の親友ができて
長い深いつきあいとなり、
一緒にロックバンドを作って
いろんな国の観客に称賛されて
何百回もステージに立つようになる
なんて、想像もできなかった。
今も想い出す俺のロックへの入口。
迷宮の喫茶店。