VOL11 「無音の空間」
8年前、ある海外人材派遣会社で
面接を受けた。
少し年下の社長と重役に
「残念ながらその部門はもう採用が
決まってしまいまして、、、。」
と断られた。
でもなぜかもう一度来てほしい、
と言うので、数日後に行った。
目を輝かせて話を聴きたがるので
海外ひとり旅やバー経営の話など
いろいろ話していると、2人は顔を見合わせて
「あなたの話は本当に面白いです。
営業部としてならぜひすぐにでも
来てほしいんですけどどうですか?
例えばベトナムでの勤務です。」
と誘ってきたんで驚いた。
プライベートではよくしゃべるけど
やや人見知りもするし、営業というのは
どうも苦手で辞退させてもらった。
すごく残念がられた。
俺には意外な才能があるのだろうか?
27歳で初めての海外、アメリカを
ひとりで1ヶ月近く廻って、
帰国後いきなり未経験でアメリカンバーを
新装開店、14年間営業した。
俺の話を聴きたい、と通ってくれる
お客さんがけっこういた。
ある夜、ひとりしかいないお客さんと
飲みながら話していた。
街は音で溢れている。
車が走る音、人々が生活する音。
「まっったく音が存在しない空間の
経験ってありますか?
ボクは2つ知ってるんですよ。」
小学6年からスキーを始めた。
雪が滅多に降らない大阪に住む
俺にとっては2m以上も雪が積もる
真っ白な景色は異世界に見えた。
ひとが多い広いゲレンデから離れて
林道コースへ行くと、時には周りに
自分以外には誰ひとりいないという
空間に身を置くことがあった。
雪は音を吸収するという。
少し心細いような、
限りなく自由のようなその場所で
完璧な「無音」を感じたのだった。
24歳の時、高校で体育と保健の
非常勤講師をしていた。
夏の夜中。翌日は授業がないから
今からどこかに行こう、
と急に思い立って地図を広げた。
行ったことがないとこにしよう。
「えーっと、、、鳥取砂丘や。」
高速道路なんて高いし、
面白くもないから使わない。
カワサキGPz1100の後ろのシートに
でっかいカセットデッキと
寝袋を積んで走り出す。
信号待ち以外は大音量で音楽を聴きながら
走って夜明け直後に砂丘の近くに到着。
これより先に車は入るな、という板の看板
があるけど、砂丘をバックにバイクの写真を
撮るつもりだったので無視して進む。
装備重量300キロ近い大型バイクで
砂の上を走るのはやはり無理で、
どんどんタイヤが砂に埋まっていく。
ほんまにアホやなあ〜、俺はっ!
甘く見てたおかげでタイヘンな
しんどい目に遭うことになった。
太陽が高くなってきて暑い!
砂を掘ったり、バイクを押したり、
なんとか脱出しようともがくが、
徹夜で走ってきた俺はもう死にそうにバテる。
なんちゅー重いバイクや!
三脚を立てて、予定と全く違う深く砂に
埋まったバイクと泣きそうな俺の写真を撮る。
さっきの看板を拝借。
ゴメンよ。
タイヤの下に敷いてなあーんとか
緊急事態から回避。
疲労困憊でフラフラ砂丘へと歩く。
パラグライダーやラクダに乗る観光客で
賑わう場所だが、平日早朝には
ひとがほとんどいない。
遠ーくの方に若い男女4人組と、
おっちゃん1人がいるだけ。
日本にこんな砂の世界があるんやなあ。
砂の丘をしばらく登って気付いた。
音がしない。
そうか、きっとこの細かい砂は
雪みたいに音を吸収するんやろ。
振り向くと4人組とおっちゃんは
もういなくなって、広大な空間に
俺ひとりだけが立っている。
スゴい!!!
こおーんなに広いのに見渡す限り誰もいない。
何も音が存在しない。
まるで絵の中に入り込んだみたいだ。
「これは現実の世界なのか?」
しばらくそのまま立ち尽くす。
さらに登っていくと段々波の音が聴こえてくる。
頂上に着くとその向こうには海が拡がっていた。
ああ、なんという開放感だ。
カウンターでカクテルを飲みながら俺の話を
聴いていたお客さんはうっとりと酔った目で
「無音の空間かあ。」
とつぶやいた。
数日後。
バーのドアが開いた。
この前のお客さんだ。
ドアの前にエンジンがかかったままの車がある。
「マスター、今から砂丘に行ってきますよ!」
満面の笑顔を見せて車に乗り込む。
さらに数日後。
またあのお客さんがやってきた。
「どうでしたか? 砂丘は?」
お客さんはため息をついてうつ向く。
「それが、、、砂嵐でした。
無音の空間を感じたかったのに。
無音の、、、。
あの日たまたまものすごい風で。」
「そうかー、せっかく遠いとこ行ったのに
それは残念でしたねえ。
でも、砂嵐なんてそれはそれで
めちゃ貴重な体験じゃないですか。」
横で話を聴いていたグループが
「マスター、ねえ、なになに?
無音の空間って。」
と好奇心に満ちた目で訊いてくる。
「まっったく音が存在しない空間の
経験ってありますか?
ボクは2つ知ってるんですよ。」